| 今回のインタビューは、オーラソーマ・カラーセラピストで講師の岡部和代(おかべ かずよ)先生です。 岡部先生は、オーラソーマのプラクティショナー&ティーチャー、カラーコンサルタントなどの、色の専門家として活躍。色と心の関係を深く探求していらっしゃいます。 日本メンタルヘルス協会での外部講師、ビタミンカラーズの講師だけでなく、企業や大学などでも講座をしています。 明るく優しくチャーミングな先生の雰囲気は話しているだけで、色を感じさせてくれます。自分の感覚を信じ、好きなことを一生懸命することで道を開いてきた岡部先生に、今回はお話をうかがいました。 |
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「色彩の楽しさに魅了され、目の前の扉を開いた」
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![]() 「もともとは美容関係のお仕事をされていたのですね」
高校が進学校でしたから、私も大学進学のつもりでいたのですが、友達が美容学校に行くという話を聞いて、私も美容学校に決めてしまいました。 通っていた美容室の担当美容師さんは、憧れのお姉さんでしたし、自分でもブローをしたり、友達の髪をいじることは好きでした。男性でも女性でも同じように自分の腕で仕事ができるところにも、魅かれていたのだと思います。 私はやりだすと熱中しやすい性格なので、美容の仕事も楽しかったです。とても厳しかったですが、先輩たちにも恵まれていました。シャンプーもブローも、全部試験制度があったので、営業が終わると終電まで、試験に向けて毎晩夢中で練習していました。 美容師を6年やりましたが、辞めたきっかけは、体を壊しての入院です。 生涯ずっとこの仕事をやっていくのだろうか?と考え始めていた頃で、入院をきっかけにして、もう美容師の仕事は辞めようと決めたのです。 「その後、どんなお仕事に就かれたのですか?」
美容業界のメーカーで、パーマ液などの開発商品の比較試験をするテスターという仕事で美容師が募集されていたのです。その仕事が、面接の時点で一番ピンときましたね。 9時から5時までで、事務所の隣に美容室設備があって、パーマ液などのテストをして結果をまとめたり、カットのセミナーのマニュアルを作って技術的な講習をしたりしていました。美容師のような、でも周りはOLさんばかりという、その両方を味わった時代でした。 色彩に興味を持たれたきっかけを教えてください。」
その頃、タイトルに惹かれてたまたま読んだ本で、色彩学校主催の末永蒼生先生の『青の時代』という本があったのです。色は、人にこんな風に影響するのだということがすごく興味深くて、気が付けば、3冊続けて末永先生の本を手にしていたのです。 本を読んでからすぐに色彩学校に申込みをして、1年間その講座に通いました。 色彩学校では、色に携わる様々なジャンルの先生が、毎週1回2時間の講座に立つのです。 もちろん末永先生も何度も入られるのですが、画家の先生もいらっしゃったし、作家の先生がどういう風に色を言葉で表現するかという授業があったり、京都の染色家の先生が来て下さったり、実際に工房に伺っての染色実習もありました。 アートセラピスト、絵本作家、建築家など、様々な方がいらっしゃいました。いろいろな角度から色を楽しむ1年間でした。私が関わってきた色彩の原点がこの色彩学校ですね。 「そこでカラーと仕事を結びつけて考えるようになったのですか?」
受講生の中に、カラーコーディネーターやカラーアナリストという方が沢山いらしたんです。仲間と一緒にカラー診断を受けに行き、実際に体に当てるカラーの布を替えていくことで、顔色が断然変わるというのを自分自身で体験しました。 美容師時代、ヘアカラーの色を顔の色に似合う色という基準では選んでいなかったと気付き、お客様の希望だけでなく、顔色や個性を判断したうえで色選びをしていく方法を美容師に伝えたら楽しいかもしれないと思い、それを課題レポートにまとめました。 「色彩学校で、こんな課題をやっている」と会社の食事会の席で話したら、先輩が「美容師向けの色彩講座ができるのではないだろうか。提案してみたらどう?」と言ってくれたのです。「1つの講座として成立できるかもしれない」と、プレゼンテーションのセッティングもしてくれました。 「カラーの仕事で独立した経緯はどうでしたか?」
その翌年から、カット講習やブロー講習とカラーの講習で、全国を廻るという仕事が決まっていて、講習の仕事だけでもかなり大変でした。さらにその頃は、会社と条件面で交渉中で、会社も厳しい時期で難しい状況でした。 「でしたら、今決まったセミナーの仕事だけ契約でやるのはどうですか。そうすれば、私は他の時間を勉強に使えるし、カラー講習をもっとやっていくことができます。契約の形態を変えたらどうでしょう」と提案をしたら、「それいいね」という事になりました。 パーソナルカラーと色彩学を美容師さん向けに教えるという講座の仕事が始まったのがその時で、それが私の独立した時です。 当時はまだカット講習やブロー講習の方が数は圧倒的に多かったのですが、色彩に関わる仕事が自分のやりたいことだったので、カラーコーディネーターとして独立しました。 家族には心配されましたが、不思議と不安はありませんでした。今考えると無謀で何の計画性もないのですが、目の前の扉を自分で開いた感覚になっていました。そこに入らない理由は何も感じませんでした。 「カラーコーディネートの講座は順調だったのですか?」
「カリスマ美容師」という言葉がはやっていた頃で、美容師業界全体が勉強熱心だった時期でもあり、美容師さん向けという特徴を持った「カラーコーディネート講座」は、年々、仕事が増えて、全国的にメーカー主催で講座をやりました。 でも、講座を5〜6年熱中してやった後に、ふっと「最初は色彩心理をやりたかったのになぁ」という気持ちが出てきたのです。 色彩学校で色を使いながら、“楽しく気持ちが動く”とか“疲れている時でも色を使って絵を描いていると癒される感覚”とか、色に取り組むことで気持ちが変化するということを実際に体験していました。 本当は色の心理面に関わることを仕事にしていきたいと思っていたのですが、美容業界で色を生かす仕事が、先に仕事になっていってしまったという感じでした。
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