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あなたのそばにいる「こころ達人の横顔」 インタビュー集


カウンセラーやセラピスト、セミナー講師など「こころの現場の最前線」で活躍されている方の横顔を紹介します。

 ・カウンセラーってどんな人なの?
 ・カウンセリングって、どうやって受けるの?
 ・私も将来カウンセラーになりたいのですが・・・
 ・・・などなど


「こころ達人の横顔」をインタビューしてきました。
あなたにとって、カウンセリングやセラピー、ヒーリングがもっと身近になれば幸いです。

- 入江 富美子 先生 「1/4の奇跡〜本当のことだから〜」 -

   「あなたのままで全て大丈夫!と伝えたい」

2010年 03月 6日


今回のインタビューは、ドキュメンタリー映画
『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』の 監督、
入江富美子(いりえ ふみこ)先生です。

「誰もが大切な存在であることを気づかせてくれる」、
「生きる勇気が湧いてくる」と、多くの方に感動を与え、海外からも
高い評価を得ていらっしゃいます。

映画を通して、「人の心を癒し、元気にする」 入江先生。

講演活動で全国を飛び回る中、新作もクランクインし、超多忙な先生に
「ミッションを生きること」や今後の夢ついて、お話を伺いました。


宇宙に感謝の量を増やす映画を作る!
インタビュー写真




「映画を作りたいという思いは以前からおありだったのですか?」

それまでは全く無かったですね(笑)。映画監督に自分がなってみようとか、なれるものだという概念が全く無かったので、自分自身、今が信じられない感じですね。

映画を作り終えたら、映画監督という肩書をいただいていたという感じですね。映画監督になるんだという意識は正直ありませんでした。本当に不思議な経験なんですが、映画を通して伝えたいことがあるという一念だけで作りましたね。


「では映画を作るきっかけとなったのは?」

私は自分自身を否定してマイナス思考で生きて来たんですね。映画を撮り終えた時、自分の6歳の時のトラウマに気づいたんです。

毎晩、父親と遊んでから寝ていたんですが、ある朝目が覚めたら救急隊員の顔があって「あと5分早かったら」という声が聞こえたんです。隣で父が心臓麻痺で亡くなっていたんです。幼稚園児の私は「あと5分早く気がつけば父は助かったかもしれない」と自分を否定し、責め始めたんですね。

だから私は正しい生き方をしなければいけないと自動的に思ったみたいなんです。お寺のお坊さんである祖父が育ててくれたんですけど、祖父の様に正しく生きていけばいいんだと「良い人」として生きて来たつもりだったんです。

ところが、高校生の時に祖父が死んだら、どう生きて行けばいいのか分からなくなってしまったんです。見た目はお洒落にしたり(笑)明るく元気にしているのに、生き方が分からなくて。人生って何だろうって悩む高校時代を過ごしました。

そして、キャリアを積もうと服飾デザイナーになるんですね。大きなブランドを持たせていただいたり海外でファッションショーしたり、その年齢にしたら良い思いをしていたと思います。

皆から「凄いね」と言われたりもしていましたが、心の中では「自分なんて」と思っているので、全然幸せじゃないんですよ。私はこんな華やかな人や幸せな人達と一緒に居てはいけないという感じです。結局そこでも幸せを感じられなかった時に、人生はお金なんじゃないかと思って会社を立ち上げるんですよ。


「ご自分で?」

はい、刺繍の会社です。特殊な会社だったので仕事がしっかり来るから、今までの中で一番お金を得た時期なんですね。お給料がデザイナーの時の4〜5倍になりました。

でも、心が悲しくて悲しくて「これじゃない」ってことがはっきり分かるんですね。それで、皆から「なんで?」って言われたんですけど、辞めちゃうんです。

そして本当に好きなことをしようって思って、アロマテラピストになるんですね。癒しの世界に入って行く。アロマテラピストがあまりいない時だったので、グワーっと広がって教室を3つ持ったんです。生徒さんもお客さんも一杯だし、本当に上手くいったんですよね。

でも、「先生」と呼ばれることで、「自分はちょっとはマシだ」と自分の存在価値の無さを埋めていることに気付いたんですよね。

自己否定するトラウマに気づいてない段階ですから、今度は心に平安が持てれば幸せになれるんじゃないかと思って結婚するんです。でも夜中に主人が突然死んでないか、口に手を当てて息をしているか確認する。不安なんですね。でもその原因が分からない。

「神様最後のお願い。子どもを授けて下さい。子どもだけ授かったら絶対文句言わへんから」って(笑)。あれだけ文句言わないって言ったのに、今度は子どもができたらできたで不安なんですよ。自分が間違ってこの子の人生を台無しにしてしまわないかとか。

「自分は間違ってる」から人生始ってますからね、何をやってもマイナスしか見えなかったんですね。


「理由も分からないまま不安が続いている状態ですか?」

そうです。自分ではそれがトラウマから来ていると分からず生きてきましたね。心理学とか勉強していくうちに「ありのままの自分を受け入れることが大事なんだ」ということは理解するんですね。

その大切さをどこかで分かっているから人に伝えたくなって自己受容のセミナーをやったり、コミュニケーション講座を担当させていただきながら伝えて行く訳ですね。

伝えながら腑には落ちていくんですが、自分の存在不安は埋められなかったんです。そこで気づいたのはマイナスな自分からスタートしたら何を掛けてもマイナスなんだって。

ある時、ビジョンを生きても幸せになれないんじゃないか、私はミッションを生きたいって思ったんですね。ビジョンもミッションも本当は素敵な意味なんですけど、私にとってビジョンというのはマイナスを埋めるために得ていたものだったんです。

私にとってのミッションというのは、どんな私であったとしても、褒められなくても、地位も名誉も得られなくても、私の命がここにこれをやりに来たんだって思えること。それを私が私自身にやらせたかった。

ビジョンを生きるのにほとほと疲れ果てたんですね、だから何も得られなくても良いから、心に喜びを得られるものをやりたいと・・・。それが私にとってのミッションだと。


「ビジョンからミッションに自分の意志で切り換えた?」

そうですね。ちょうどカウンセリングを勉強していた時の牧師先生が、ビジョンでなくミッションを生きる人生があるんだよというお話をされたんですよ。

疲れ果てていたので、「ミッションを生きる方法を教えて下さい」とお願いしたら、毎日「天が私に期待していることを私に実現させて下さい」と祈りなさいと言われたんですね。

でも「天が私に期待していることを私に実現させて下さい」なんてしっくり来ます? 私にはしっくり来なくて、ただ言ってるだけだったんです。抵抗もありました。

そのうちに段々と分かってきたのが、天が何かを与えてくれて上手くいくんではなくて、「私が私自身に期待していることをやっていいんだよ」って、自分自身を許してる気がしたんですよ。アファメーションですよね。

そんなことを感じていた2005年の大晦日の夜に奇跡が起きたんです。


「どんな奇跡が起きたのですか?」

ありのままの自分を受け入れるとか、それが大事であるとか、頭では分かっているつもりだったんですが、その大晦日の夜は、それを体験したのです。

その日は私を凄く可愛がってくれた祖母が亡くなった二ヶ月後だったんですね。子どもが寝静まってから亡くなった祖母のことを思って泣いてたんですよ。泣いていたら、お腹の底から恨み辛みが、グワっと湧き上がって来たんですね、「あのクソババア」って。


「お祖母様に対してですか?」

はい、そうです。「あのクソババア、私をコントロールした!」って。「お父さんいないから、こんなんしたらあかん、あんなんしたらあかん」ってね。今考えたら何の関係もないと思うようなことを、お父さんがいないことを理由にコントロールしたって。

自分のせいで父親が死んだと思っていますから、「お父さんいないからしたらあかん」っていうのが殺し文句なんですよ。一切心が動かなくなって無理言えないというのがあったので、怒りが一杯だったんですね。

そんな思いが湧き上がった時は、大人の私が「そんなの考えたらあかん。感謝せな」と無いものにするのが得意だったんです。汚い心があることに気付かなかったし、あることが許されないくらい完璧に良い人を生きないと、と思っていたんですね。


「その心の存在を否定していた?」

そうですね。こういう心もあったんだね、ってできなかったんですが、その日は子どもの頃を思い出すうちに6歳に戻っていましたから、止められなかったんです。その恨み辛みで一杯になった時に不思議だったのが、その感じが懐かしいと思った。これが本当の私なんじゃないかって。

でも6歳になった私と、大人の私の二つがあって、大人の私が「そんなはずないやん。亡くなったおばあちゃんのことを攻撃的に思うなんて。もう一度感謝の気持ちを探してみよう」と思って探すんですが、驚いたことに感謝のかけらも無いんです。

恨み辛みしかない。良い人になろうとして生きて来たけれど、私の中には感謝のかけらもないんだって、その時につくづく観念したんですね。

ふと3歳上の姉の言葉を思い出したんです。姉に「私ら子どもの頃、不幸やったよね?」と言ったら、姉が「え? 幸せやったやん」って言うんですね。

私は可愛がられていたんですが、姉はいつも我慢させられて、下の子の面倒見させられるし、プレゼントも私だけ良い物もらって、お姉ちゃんは残り物とかね、明らかに差別だったんですよ。それなのにお姉ちゃんは幸せだったって言うんですよ。

何で姉とこんなに違うんだろうって思ったんです。同じ環境で育って姉の方が恵まれてなかった訳ですよね。姉にあって私にないものは何なんだろうって考えたら「感謝だ」って思ったんですよ。


「感謝ですか?」

どんなに与えられてても感謝がなかったら、それは喜びではないんですね。姉のように何も与えられてなくても感謝する気持ちがあれば、幸せなんだと分かったんです。その時は頭での理解しかなかった。自分の恨み辛みが消える訳じゃなかった。

その後、父が亡くなった時のことを思い出して。6歳に戻った時に、怖かったとか誰かに分かって欲しかったとか、その時の思いが感じられたんです。

その時、6歳の私にこう言えたんです。「お父さん死んで怖かったやろ。誰かに分かって欲しかったよね。人のことなんか考えられなくても仕方ない。感謝なんかできなくていいよ。感謝できない私のまま生きていこな」って初めてダメな私をまるごと受け入れたんですよ。

それは周りの大人から欲しかった言葉だったんですよね。大人になった私が、してあげたいと思っていたことを6歳の自分にできたんです。その時、心がとろけるようだったんですよ。

そうかそうか仕方ないよねって1つ1つ時間かけてやっていったら、お腹がぐぉ〜って振動し出したんですね。揺れたんです。で、そこから「ありがとうー」ってブワーって溢れ出したんですよ。

無条件の感謝。ただただ有難うって。あれは6歳の私が気付いてくれて有難うって言ってるのかなって思ったんですが、もしかしたら私達という命を作った元の元の元が喜んでくれてるのかなって思うくらい何とも言えない感謝だったんですね。


インタビュー写真




あなたのままで全て大丈夫!と伝えたい


「エネルギーがワーっと出て来た感じ?」

もうね、外側と自分が区別できないくらいでした。想像したりイメージしたのではなく、突然起こったことでした。

感謝がワーっと溢れ出した時に、さっきまで恨み辛みだった私が「おばあちゃん、あんなこともしてくれた。こんなこともしてくれた」って言い始めたんですよ。オセロゲームが真っ黒から真っ白に一瞬で変わるようだったんですよ。

今生きてる自分を肯定した時、360度全てが「これで良かったんだ!」って広がっていきました。私の周りの空間に感謝の量がブワっと増えた感じがしたんですね。その時に向こうから「宇宙に感謝の量を増やす映画を作る」って来たんですよ。


「メッセージが頭の中に飛び込んで来た?」

そうです。「それ何?」って感じだったんです。この時、「宇宙に感謝の量を増やす」って言葉自体、かなり怪しいから人には言ったらあかんぞって(笑)。だからしばらくは講演でもこのキーワードは言ってなかったんです。

悪い自分は受け入れ難いですが、その自分を大切にして生きて行こうって思った時、自然と感謝が溢れて人の気持ちが分かるものなんだってことに気付いたんですね。

だから、子どもに人の気持ちを考えなさいと言うのではなく、自分を大切にすれば勝手にそれができるんだってことを私は経験を通して思うんです。自分を大切にすることが全てに繋がるんだって。一瞬に起こったことに何時間でも喋れるくらい沢山の情報が含まれていたんです。


「一瞬で変わったのですね?」

私が私の存在を認めて感謝が溢れた時、感謝はするものじゃなくて溢れ出すものなんだって確信したんですね。

明るく元気に何不自由なく過ごしているように見える子どもにさえ心の中に「分かって」という思いや、逆にお金や物や地位があるからこそ本当のことを分かってもらえない人が一杯いるんじゃないかと思ったんですよ。

だから人の思いを受け取れなくて孤独だったりマイナス思考でいるなら、もっと早くそのことに気づけば人生を無駄にしなくていいんじゃないかって、思ったんです。

そんなこともあって映画を作ろうと思った。映画なんてもちろん作ったこともないし作る方法も知らないし、どうしようって思った時、言いふらすことから始めたんです。子どもの運動会のために買ったハンディカムを使ってテープさえあれば映画は撮れると思ったのでね。

もう1つは、感謝の無い私が考えても感謝の映画が作れる訳がないから、それができる人のサポートになる映画を作ろうと思ったんです。そうしたら心が「山元加津子」って。まだ、私は講演を聞いたことも本を読んだことも無かったんですが。


「何故、山元加津子さんだったのですか?」

映画を作る2年前に、山元加津子さんが大阪で絵の展示会を開かれたので行ったんですね。その時に絵の下に「自分を大切にする」というような言葉が書かれてあったのと、山元加津子さんのありのままの感じの印象が残っていて、それで決めたんです。直感を信じました。

どうやって映画作ったら良いか分からないから、とりあえず「私、山元加津子さんの映画作るねん」って言いふらして。そうしたら友達から「私の友達が山元加津子さんの講演会するよー」ってメールが入って、「来たー!」と思って、そこで初めて撮影するんですよ。


「山元加津子さんの講演会で?」

はい。講演を聞くのは初めてだから、感動してボロボロ泣きながら大ちゃんの話を聞いて、最後に雪絵ちゃんの話を聞いて。

雪絵ちゃんが「病気や障害も大切だということ、皆が違っていて、皆が大切だということを世界中の人が当たり前のように知っているようにして」って亡くなったって聞いた時に「分かった雪絵ちゃん、私が映画を通してやるから」って誓ったんです。その時の自分をよく覚えているんです。

パキンと何かが割れて・・・もうどう思われてもいいわって、大バカ者になったんですね。今までは他人にどう思われるか凄く気になったけど、もうどうでもいいと思いました。


「鎧が取れた?」

鎧が取れたんですかね。自分がどう思われるかより、伝えたいが勝ったのかもしれませんね。それまでは、私というものの上に付属品を一杯つけて、よく見せるようにやって来たんでしょうね。そこから伝えたい一心で、何も分からないまま動くんですね。本来の私が生まれたんだと思うんです。

「落ち込もうメソメソ」っていう被害者チックな私が消えて、アニメで言うと「ど根性ガエル」の「ピョン吉」が意見を言うようになって来たんです。


「ピョン吉ですか?」

落ち込もうとするのが「ヒロシ」で、ピョン吉が生まれたのが2005年の大晦日の夜なんです。

ピョン吉はちっちゃいんで、今まではヒロシの言うことばかり聞いて来たんですね。だけど大晦日以降の人生は、初めてピョン吉の言うことだけを信じて来たこの三年間なんです。

だから「いやだ、怖い、できない」ってことでも、ピョン吉が言えば「はい、やります」って感じで今がある。映画を作るって決めて、このメッセージを沢山の人に届けたい、沢山=1000人だったので1000人の会場を押さえました。

雪絵ちゃんや山元加津子さんの想いが本当に純粋な感じがして、自己否定があるので、こんな私が映画を作って良いのだろうかって思いが凄くありました。もう一人の自分、ヒロシが止めさせようとするんですよ。「やらせてお願い」という戦いが凄かったんです。

1000人の集客をしながら映画を作る一年で、この間がピョン吉を信頼するレッスンだったんです。


「その間、ヒロシは抵抗していた?」

もう、うるさい、うるさい! ピョン吉はヒロシがいるから行動できるんですよ。ヒロシはピョン吉がいないと本当にやりたいことができないから、この二人は仲良くならないといけないんですね。

どっちが偉いという訳じゃなくて、最初の頃の私はピョン吉に逆らうからTシャツが伸び伸びだったんです。今は自分からピョン吉に行くから距離が縮まっているっていう感じですね。

今は、どうやったらピョン吉と出会って、どういう時に一体感が生まれるかっていうのを探究するのが楽しみになっています。それが楽しくなって、今、「ピョン吉と出会うワークショップ」をやっているんですよ。三時間のワークショップです。

今はピョン吉といると凄く楽しいんですよ。無敵になれる。ピョン吉は私の中で一滴くらいのちっちゃい存在だけど、その一滴を選ぶと無敵になれるんです。だから一滴の無敵と呼んでいます。もう怖いものなし! アホになれるんです。


「先生が映画でお伝えになりたかったことは、何でしょうか?」

とてもシンプルなんですけど、あなたのままで全て大丈夫ってことなんです。

ただその存在が素晴らしいんだ、というところですね。存在を勇気付けていくっていう事の大事さを知ったので、自分のままで全て大丈夫なんだっていうところから始めること。そこが終着駅ではなくて、そこから始まるっていう事を一番伝えたかったんですね。

駄目な自分だから良くなるためにやるんだっていう行動じゃなくて、「駄目な自分このままでOK! だけど、もっと人生楽しくしたいからこんなことやる」だったら、私は良いと思うんですね。

映画で伝えたかったのは、良いも悪いも何もなく、ただ、存在が素晴らしいんだってことが伝えたかったなーっていう感じですね。


「この映画をどんな方に観てもらいたいですか?」

普通、映画を作る時ってそういうターゲットとか考えるみたいなんですけれどね。全く無くて、誰にでも観て欲しい!

作った時どう思ったかと言うと、自分を否定して生きている子どもさんとか、分かってもらえない子どもさんとかが、自分で自分を勇気付けてくれたら嬉しいなと思いました。

それと子育て中のお母さんですね。一生懸命やっても、評価がある訳じゃないじゃないですか。なのに何か悪い事あると、お母さんのせいになったりすることも多いですよね。

でも、お母さんが自分のことを駄目なお母さんやけどこのままで良いよねって、ちょっと楽になると、その優しさが、また子どもに行って、ちょっとでも子育てが楽になったり、子どものことを愛おしいなって思えたら良いな、ってそう思いました。


「先生がこれから周りに与えることは、どんな形になるのでしょうか?」

1対1という形は、自分には向かないのかなって、ちょっと思っているんですね。でも、1対多っていうのは好きだから、たとえば、ピョン吉と出会う本を書いたりとか・・・。

それから、自分が自分の命が喜ぶことを100%やる。やってる私の感じを見てて、面白い人がいるなってその人も笑顔になって、私もやってみようってなることが、私にとっては一番嬉しいんですよ。


「悩んでいらっしゃる方へのメッセージがあったらお願いします」

悩みっていろいろ有ると思うんですけれども、どう生きていこうかとか、人生って何なんだろうかとか、そういう悩みは、悩みに値する悩みなんで、どんどん悩んでくださいって感じなんですね。

それを悩んでいるってことは、どこかで知ってるってことなんですよ。ピョン吉がやりたいってことを知ってるから、自分の中で違和感が起こって悩む訳なんですね。だから、逆に喜んで「あっ、これを悩んでる私ってことは、本当のことを知ってる!ピョン吉がいる!」

ピョン吉がいるし、ピョン吉と出会っているし、本当に今、そこに向っている途中なんだって思ってもらったら良いんだと思います。

私はその時そんなこと思えなかったけど、疑問を持つから必ずそこに進んで行くんです。疑問を持って悩んでいるっていうのは、そこに行くって決めてますから、ちゃんと行けるんですね。


「読者の方に、先生からのメッセージを頂戴できますか?」

私の座右の銘、いろいろあるんですけれども、ひとつは、「愚に徹すれば大愚に至る」っていう言葉です。「愚」っていうのは、愚か者、アホ。「アホに徹すれば、大アホに至る」っていうことなんですけど、皆の中の無邪気な部分とか、天真爛漫な部分とかは、要はアホなんですよ。

アホのままだと叩かれる訳なんですよ。でも、そのアホに徹してたら大アホになるんです。大アホっていうのはね、何事にも影響されない無制限の存在なんだそうです。

ですから、アホに徹して大アホに至った時、宇宙規模の力が湧くのが、「愚に徹すれば大愚に至る」なので、自分の好きなことを無我夢中で楽しんでやってたら、その道の大アホになって、どんなことにも影響受けないくらいのすごい存在になって、楽しいところにいるっていうことなんです。

自分が本当に「お金出してもやりたいわー」とか、「止めろと言われても出来へんわー」っていうことを、どんなことでもいいから、それを見つけてされたら、楽しくなるんじゃないかなーって思います。

それと、真逆のこと言いますけど、何もしなくてもいいんです。何かをしなければいけないということで、してない自分を責めて、しんどい思いをしてる方もいらっしゃると思うんですよ。

「してない」っていう行動もあるって入れた上で、本当に自分が「これ幸せやわ」って思うことをやり続けていたら、その道の達人になる気がする。それがピョン吉なんですけれどね。それをやり続けていたら、人の言うことに影響を受けない自分が育つんですよ。

自分を責める癖がある人は、「いいよー。それでいいよー」って、自分に言い続けて欲しいんです。

そして、「過去にあんなことしてしまった」ってそのことで不幸な感じがする人は「あの時は、仕方なかったよね。そうするしかなかったよね」って、言い続けて欲しいの。私はそれをやり続けて、やっと自分を許せるようになった。頑張るよりもずっと効果があった様に思います。


「まず、自分自身を許す、ですね?」

そうしてしまった行動は反省して、そうせざるを得なかった自分の心には「仕方なかったよね」って、自分の味方をすること。自分が、自分の味方をすることは実は人を大切にすることに繋がっていますから。


「先生の今後の夢は?」

世界中を飛び回りたい。私自身が人生、ほんの数時間で変わった訳ですけど、誰にでも起こることだから、そういうことがもし伝えられたりするんだったら、世界中の人が、少し笑顔になったり、少し嬉しくなったり、幸せになるようなことをやりたいです。

たくさんの人が本当の自分に出会って、幸せになるようなことで、世界中を廻りたい。で、宇宙に感謝の量を増やす。宇宙の歴史の中で、「この時代、めちゃめちゃ感謝の量増えてるやん」ていうことを考えると、ワクワクします。

感謝がワーッて波動となって、「なんや、なんや」って、宇宙人をびっくりさせるような、面白い、楽しいことがバーッと広がるようなことをできたらいいなと思っています。




<編集後記>

入江富美子先生とは、講演会の合間を縫って、新宿の喫茶室で
お会いしました。

明るく元気一杯で、それはそれは楽しそうに話される入江先生は、
深い洞察力と鋭い直感力をお持ちの方でした。

そして、「子ども大好き!」の、優しいお母さんでもありました。

『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』は、必見の映画です。
各地で上映会が開かれていますので、ぜひ足をお運びください。

その際には、ハンカチとティッシュをどうぞお忘れなく。
暖かい涙で癒されて、新しい自分を感じることができることでしょう。



次回号「心の耳で心の声を聴く。そこに希望が必ず見つかります」→

←前回号「人生ドラマのディレクターは自分。やりたい役を演じて生きてください!」


インタビューTOP(目次)

-ご案内- 入江 富美子 先生 「1/4の奇跡〜本当のことだから〜」


入江 富美子 ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』
         監督
         『光彩〜ひかり〜の奇跡』
         『宇宙の約束〜いのちが紡ぐ愛の詩〜』
       

★ ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』 ★

2005年の大晦日の夜、「宇宙に感謝の量が増える映画をつくりたい!」と
一念発起し、主婦兼映画監督の道に入る。撮影、インタビュー、
映像編集、 そして挿入歌を作詞・作曲し、そのうえボーカルにも挑戦。
こうして仲間とともにつくりあげたドキュメンタリー映画
『1/4の奇跡―本当のことだから』は各地で反響を呼んでいる。
「監督」「ミュージシャン」として講演に全国を飛びまわり中。


◆ 自主上映募集中

自主上映をしてみたいという方、是非、上映をお願いします。
お母さん仲間を集めての小さな上映会から、ホールを借りての
上映会まで、 どしどしお申込みお待ちしています。
 詳しくは: ハートオブミラクル


<入江富美子先生のHP>
ハートオブミラクル

<入江富美子先生のブログ>
ふ〜ちゃんの”宇宙に感謝の慮を増やしたい♪”日記


<入江富美子先生の著書>

cover
1/4の奇跡 もう一つの、本当のこと







インタビュアー:下平沙千代
下平沙千代
ワクワクセラピーで、好きなことを話しているうちに、希望が湧き上がり、
レイキでもっと元気になって、ショッピングや旅行にも行きたくなっちゃうような、
日本一やさしいワクワク介護タクシー開業準備中です。賛助会員募集中!

ワクワクセラピー ソーストレーナー、レイキヒーラー、導引養生功指導員、
ホームヘルパー2級、普通二種&大型一種免許取得
斉藤一人さんの全日本バンザイ連盟正会員
ブログ:『幸せを運ぶワクワクセラピー ソース』


インタビュアー:Rico Bonafede(りこ ぼなふぇで)
りこ ぼなふぇで
セラピスト
『五感が喜ぶカラフルマインドな毎日』をテーマに活動中。

以心伝心の文化を離れて暮らしたことから、
コミュニケーションのあり方と、
言葉そのものが持つ不思議なエネルギーに魅せられ、
そこに潜在意識と色を絡めたセッションを行なっています。
ブログ:『Treasure Trove ★ 宝探しの旅』
「自分らしさに帰る」旅に出よう! 宝物は自分の中に隠れているはず…


インタビュアー:脇坂奈央子 (日本メンタルサービス研究所 所長)
脇坂奈央子
『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント




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