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あなたのそばにいる「こころ達人の横顔」 インタビュー集


カウンセラーやセラピスト、セミナー講師など「こころの現場の最前線」で活躍されている方の横顔を紹介します。

 ・カウンセラーってどんな人なの?
 ・カウンセリングって、どうやって受けるの?
 ・私も将来カウンセラーになりたいのですが・・・
 ・・・などなど


「こころ達人の横顔」をインタビューしてきました。
あなたにとって、カウンセリングやセラピー、ヒーリングがもっと身近になれば幸いです。

- 岸 英光 先生 コミュニケーショントレーニングネットワーク -

   「機能するコミュニケーションを、日本の文化にしたい!」

2012年 03月 10日


今回のインタビューは、「コーチング/ パラダイムシフト」の第一人者として
高い評価を受け、講演・講座・研修は、全国で年300回以上という
エグゼクティブコーチ 岸 英光(きし ひでみつ)先生です。

岸先生は、 コミュニケーショントレーニングネットワークの
統括責任者でもいらっしゃいます。

『機能するコミュニケーション』を日本の文化にするべく、
精力的に活動をされている岸先生から、「コーチングセンス」や
「パラダイムシフト」の大切さ、「ほめない子育て」などについて
幅広く、深いお話を伺いました。


会話からパラダイムシフトを起こしていく。それが、センス

インタビュー写真




「コーチングを簡単に説明していただけますか?」

広い意味では、関わった相手を伸ばしたり、その能力をスムーズに発揮できる関わりだったら、全部コーチングだと思っています。例えばスポーツでは、選手が最高に能力を発揮できるようになり、目標の記録を出せるようになったら、コーチングですね。

同じ様に、看護師さんが多少ストレス抱えながらも、的確に患者さんと関われたり、処置ができるようになってどんどん能力と効率を上げられたら、コーチングなんです。

狭い意味のコーチングだと、コーチとの会話、特にどちらかと言うと質問を投げかけていくことで、相手に探らせるとか、編み出させるとか、そして編み出したものを自分で実際にやってみて、成功しても失敗してもそこから得た体験から、次はどうしたらいいか考えてやれるようにするプロセスです。

だから、コーチングという本を見ると、質問の技術と思われる人が非常に多いですね。コーチングの研修を受けても、どんな質問をするか、どんな投げかけをするかに終始することが多いですね。

ただ現実の中では、いくら質問を投げても、相手の価値観の枠組みや文化が、その人の能力を止めてたりしていて、その枠を外せない限りは、いくら質問投げかけても「さあ?」で終わっちゃうことが多いものです。


「枠を外すことが重要なのですね?」

その辺が、私の分野です。

よく、魚を欲しがっている人に魚をあげるのではなく魚の捕り方を教えなさい、と言いますけど、魚の捕り方を教えるのはティーチングですよね。こっちが魚の捕り方を知らないと教えられないし、しかも、教えたものはやれるけど、そこで終わっちゃうんですね。

コーチングは、相手に魚を観察させて、魚がどんな動き方をするかとか、どんな特徴があるんだろうとか、いろいろ探らせて、さらに、どうやったら捕れるか、自分で考え発想させる。

魚の捕り方だったら、釣りとか網とか既存の考え方がありますが、それを横に置いておいて、全く新しい捕り方を編み出させる。編み出したものを試してみて、そこから、よりレベルの高い考えに、より楽に結果が出るようなものをもっと探り出させる。

そうすると、一回それができたら、今度は、獣を相手にしようが、鳥を相手にしようが、そのセンスでやっていける。最終的には本人が創り出せるから、いなくなっていいものがコーチなんですね。

ただ、そのプロセスの随所で様々な枠が影響する。


「パラダイムシフトを提唱されていますが、それについて教えていただけますか?」

まず、パラダイムの意味は、辞書を引くと、その時代に特有の物の見方や考え方、捉え方。それをパラダイムと普通、言っています。

企業だと文化や風土、これがパラダイムになりますし、業界だと慣習みたいなものがパラダイムになり、個人では、価値観の枠組みと僕は言っています。

価値観というのは、物の見方・考え方・捉え方ですね。何か見た時に、きれいだなとか汚いとかすごいとか意味ないとか思ったり、できそうだと感じたり無理だと感じたり、自分のことだと感じたり他人ごとに感じたり、全部価値観です。

その価値観にさらに枠がついていて、その枠組みに基づいて行動するから、うまくいかない。そんな風に人の思考や行動を時には制限したりする、それをパラダイムと言うんですね。

これを変えられないと、良いと分かってもそうできなかったり、やっても能力が出せなかったりするんですね。それを扱えるようにならないと突破的な結果が出せない。


「そこで出てくるのが、パラダイムシフトという考え方ですね?」

そのパラダイム、枠組みを変えられたり、変えられないまでも超えられたらいい。
僕自身が、短気でおっちょこちょいで、その性格だとこのような仕事はできないというのが、普通のパラダイムなんですよね。

でも、向いているとか向いていないとかと、そのことで結果を出せるかどうかは、全く関係ないんですよ。でも皆は、関係づけていますよね。就職でも、自分に何が向いてるかで選びますよね。何ができるかで選ぶから、続かないんですよね。やれることとやりたいことが違っている場合が多いですから。


「やりたいこととできることは違う、というパラダイムがあるということですね?」

そうですね。皆が適性がどうのとか、何がやれるかとか、どこが入れるとかで学校や会社を選ぶじゃないですか。僕もそれをやってた時は、全然活き活きしてなかったんですよ。

僕は人前に出るのは未だにダメです。そして毎日人前に立っている。だから、好きかどうか、できるかどうかは、関係ないんです。

自分の中にも自分に制限を掛けてて、本当に自分がやったら素敵なすごいことは、したくないことや無理なことや向いてないことに入れてしまいがちな傾向にあるんですよ。なぜなら、人間って枠の中で小さくいたいんです。

そんな中、合ってる仕事なんか絶対するなと、脳科学者の養老孟司さんは言っています。

合ってるってことは、合ってる訳だから、伸びない。つまり、すぐ限界が来る。合ってなくても、やりたい仕事をやったら、合ってない部分を伸ばしたり、そこを人とコラボしたり、そこから何かを生み出したりしていけるけど、合ってることなんか絶対やったらダメですよ。


「それより、やりたいことをやった方がいい?」

やりたいことだったら続くでしょう? でも殆どの親は、適性テストやらせて、先生に「これが向いてますよ」って言われて、自分の本質じゃないところで、人生を選ぶ人が多いんでしょう。これからは個性の時代だって言っているのに、皆おかしいです。


「コーチングを受けると、どんな良さが得られるのでしょう?」

まずは自分が止められているパラダイムが見えれば、自分の世界が圧倒的に広がります。行動範囲も変わるし、興味の範囲も変わるし、行動力を発揮して、出す結果も桁違いに変わるんですよ。


「パラダイムシフトを起こす手法としては、どんな風になさるのですか?」

もちろん会話です。ある程度会話をしていくと、その会話の中にその人を止めているものが出てくるものなんです。自分では分からない。でも、センスを訓練した人が聴いていると、この人はこの枠に止められているんだなと明確に分かるんですよ。

自分がいつもしている会話や、自分の口から出ている言葉を、ちょっと精査してみる。すると確かに、「おかしいよ、これ」っていうことがあるんです。

枠は、会話の中に自然に言葉になって出てくるんです。ただ多くの人はそれを全く疑わないだけなんです。それを並べてみると山ほどの枠がそこに隠れていて、そのいくつかをぶっ壊すだけでもいい。かなり自由になるものなんです。

僕の講座はだいたい3時間のうち、1時間半くらいは、参加者が、前回から今回の間に何があったかを自由にしゃべるだけなんです。僕はそれにコメントをするだけなんです。

これが面白いもので、その人が話していることの中に、確かにその人を止めているものが聞こえ出すんです。まわりの人には見えて本人だけが分からない訳です。

でも、その止めているところにだんだん気がつくようなセンスが身に付き始める。人のことを見ているうちに、自分にも気づき始める。そういうことをやっていくうちに、行動と結果が出るんです。


「そこのところがコーチングセンス、なのですね?」

そうですね。カウンセリングだけだと時間もかかるし、内面に焦点が当たり行き詰まる場合があるんですよ。でもコーチングだけでも機能しないことがある。両方を持っているといいです。

本当に病んでいる人にはカウンセリングが必要ですし、先にしっかりと自分の内面と取り組まないといけないですが、でも、ちょっとストレスに阻まれているくらいだったら、行動して結果を出しちゃった方が楽になれたりするので、コーチングが機能するところもあるんです。

だからある程度心の中のことに片が付いたら、今後は現実に向かう、と。この両方がないと、ビジネスでも教育でも医療でも絶対うまくいかない。


「両方のコンビネーションが必要だということですね?」

そうですね。だから僕は絶対にカウンセラーの人にもコーチングを学んでほしいし、コーチにもカウンセリングを学んでほしい。もっと言いたいのは深いレベルのコミュニケーション全体を学んでほしい。


「コミュニケーションにはカウンセリングの部分もあればコーチングの部分もある。両方があるという捉え方なのですね?」

そう。それが集団に使えればファシリテーションになるでしょうし、経験者がやればメンタリングになる。すべてコミュニケーションの一部なんです。


「コーチングがカウンセリングと違う要素としては、いかがでしょうか?」

カウンセリングの場合は心や内面に焦点を当てていく。コーチングは現実と行動に焦点を当てていく。現実をどうしっかり捉えて、的確にやっていくか。よく間違えられるんですが、コーチングはポジティブシンキングやプラス思考ではないです。

現実をただしっかりと捉える訳ですから、できない時には早く諦めるのも現実として必要です。それを「できるんだ」と思って木端微塵になるのは不適切です。

よく「コップに水が半分しかない」と考えるのではなく「半分もある」と考えましょうと言うじゃないですか。僕がよく言うのは、「半分は半分なんです」と(笑)。


「では、教えない、ということについてはいかがですか?」

そこは、僕は「コーチングはティーチングとは違う。教えてはいけない」という枠に囚われているコーチングもどうかと思う。

例えば職場で、来たばかりの新人に自分で考えろと言っても仕事はできない。最初は教えなきゃいけない。ある程度分かってきたら考えさせる。でも、まだ責任は持たせてはいけない。ある程度やれるようになったら「今度はお前の責任でやってみろ」と任せていく。

そういう風に関わり方を移行していく。だから僕はコーチングとティーチングと、その間がなければ絶対にダメだと思っています。どれかだけでやろうと思ったら、間違える。ティーチングも同じです。これが、僕がコミュニケーション全般だと言っている理由の1つです。

質問集みたい関わり方、あれは愚の骨頂ですよ。その瞬間に、相手はどんな所に立っているんだろう、ということを言葉の中に感じ取って、相手の言葉の中からいろんなことを感じる力がないとダメです。

カラ元気だってあるだろうし、コーチを受けているからということで、その時だけ特別にキャラクターを作ってるかもしれないし、または早く終わらせようと適当なことを言ってるのかもしれないし、そのことにフルに全てのセンスを使ってなかったらダメなんです。


「コーチングセンスを培う、または高めるためには何が必要だとお考えですか?」

徹底的に人に関わらなきゃダメですよ。僕の師匠は「心理学は勉強するな」って言ったんですよ。心理学はできるようになるけど人が扱えなくなる、だから心理学は勉強するなって。

面白いもので、人に徹底的に会って、人がどんな会話で動き始めたり、どんな会話をすると止まるかということをいろんな人と関わってやっていて、だんだんとその感覚が捉えられていって、その後で心理学の方にいくと「その通りだよな」ということしか書いていない。

センスを得たら、書いてあることは当たり前なんですよ。書いてあることで覚えた人は、センスがないまま知識とノウハウだけを持っていて、たぶん相手のことが感じられない。

ちょうど自転車と同じだと思ってください。自転車って誰も、本で勉強して乗る人いないでしょう。物理の理論が全部分かっても、自転車に乗れるようにはならないでしょう。そして自転車って突然乗れるようになるでしょう。それで、乗れたら一生ものでしょう。

センスって呼ばれるものは全部そっちだと思うんです。コーチングもセンスである以上、理論でやったらアウト。だから僕の講座は理論・理屈を教える前に徹底的に観察をして試させています。


「パラダイムを外すコツは、あるのでしょうか?」

何気ないのが一番ですね。というのは頭で考えて言うことは全部まことしやかで、理屈が通っていて、説得力があるじゃないですか。でも人間はそうじゃないじゃないですか。

頭で言っていることにはまず真実はなくて、何気なく湧いてくる会話の中にちゃんと真実があるんです。だからどれだけ自分をオープンにできるか。こちらがオープンにすると相手もオープンにするので。その瞬間、ポロっと出たシッポをちゃんと掴む。だから「センス」なんです。


「まずシッポに気づくのがセンスで、掴み方もセンスですか?」

そうそう。あとはこっちが何回か「ほら、俺もこうなんだ」ってやってみると、本人も自分で「ああこれか」って掴み出す。最初はするりと抜けたり、別の人のシッポを掴んだりするんですけど、やってるうちに自分で自分のシッポを掴めるようになります。


「子育てについて、先生が思っていらっしゃることをお聞きしたいのですが?」

子育てに関しては、これほど全国的に全ての人が目を向けていて、うまくいっていないことは他にないなと思っているんです。

一番は、大人が「勉強をさせよう」と頑張り過ぎている。子ども達は「させよう」と、操作されることには、本能的に反応するんです。「その手に乗るもんか」となって、裏目に出ている部分がある。

もう一つは、これだけ多様性とかダイバーシティとか言われながら、全然多様性のない教育をやっている。だからそれ自体を変えないとどうにもならない。

企業が人の採り方を変えれば大学や高校が変わるし、高校が変われば小中学校は変わる。あとは、一番元の、親子の関わりが変われば、小学校や中学校に期待することも変わる。両側を締めなきゃならないと思うんですよ。だから、今は小学校とか企業とかに力を入れているんです。



インタビュー写真




機能するコミュニケーションを、日本の文化にしたい!


「“褒める”については、どうお考えですか?」

僕は「褒める」っていうことがどれだけ危険か、という話をよくしているんです。褒めると認めるの違いが分かっていない。下手に褒めることで、うまくいかない状態を作っている。

評価と承認の違いが皆分かっていない。評価は褒める、承認はされるもの。両方とも、他人から与えられるものの話になっているけれど、本当は「自分が、その組織で価値ある存在だ」って自分が認めなきゃいけないと思うんです。

他人から得られる承認は時々は良いかもしれない。でも、皆が死んでも、誰にも分かってもらえなくても「俺はこんなことやった」って自分で思える。それが自己実現ということでしょう。


「自分が自分を認める、ということなのですね?」

でも今は、他人が「承認してあげる」になっている。しかも「承認」と「褒める」がこんがらがっているから、褒めましょう、となってしまっている。

主婦向けカルチャーセンターなんかでは旦那さんを褒める講座というのが流行っているらしいですよ。危険だなぁと思う。操作の手法に走ってしまっている。

「認める」という作業は、認める人間の意識が問われるものなんですよ。その子にはこういう部分があることが見える、ということなんです。大概の親は子どもに「ない」ことや「欠けている」ことを見ている。さらに言えばそれを評価で見ている。偉いとか、すごいとか、何点だとか、何位だとか。

でも本当は個人個人は全部違っていて、持っている能力は全部別なんです。個々のことが見える大人にならないと、本当の承認もない。

その見方自体を教えてあげると、子どもも自分の中に「これがある」と見えて、自己承認ができる。自己承認とか自己肯定感、と言うんですけれど、本当は自分の中で完結しないと嘘だと思うんです。

そこまでを、社会や企業と、子どもが学校に行くまでの親ができないかなぁと思っているんです。その「褒めない子育て」という話は学校を主眼にして、先生の研修でもよく話します。


「“褒める”と“認める”の違いは、分かりにくい部分だと思うので、詳しく教えてください」

まず「褒める」というのは主語が「あなた」で「評価」形。この2つの要素です。「あなたは良い子ね」「あなたは偉い」パラダイムで見るとそれがはっきりとしているんです。認めるは、正反対で主語が「私」で「認める」というのは「認識」の「認」ですから、現実です。

だから両者の違いは、主語・主体が「あなた」か「私」かということと、扱うものが「評価」というバーチャルなものか、「現実」というリアルなものかの違いです。

一つの例として、子どもが洗い物を手伝ったとする。「○○ちゃん洗い物手伝って偉いね」「あなたは偉い」これは主語が「あなた」で「評価」です。「褒める」に当てはまるでしょう。

実は、これにどれだけの問題点があるかというと、まず「○○ちゃん洗い物手伝って偉いね」ということは「洗い物を手伝わないと偉くない」って話になるんです。「お手伝いをして良い子ね」というのは「お手伝いをしないと悪い子だ」ということなんです。


「確かにそう伝わりますね?」

この時点でもう、人間の育て方じゃないんですよ。つまり、エサかムチで動かしている。良い子というエサのためにお手伝いするか、悪い子というムチが欲しくなければお手伝いしなさいって言っている訳だから、この時点でもう人権問題だと僕は思うんですよ(笑)。

更に、お手伝いして良い子ね、しないと悪い子よ、っていうのは「あなた」に価値があるのではなくて「お手伝い」に価値がある、というメッセージになるんです。

もうこの時点で、自尊心は育たないですよ。さらに、結局自分の価値が他人に決められるっていう体験をずっと続ける訳です。他人に「良い子」とか「偉い」と言われる。

どこかに「良い子」という基準がある訳でも、「偉い」という人の像がある訳でもないから、結局、子どもは自分が今やっていることが良いことなのか悪いことなのかは、他人から知るしかない。だから自分で決められない。自分では分からない。


「自分で決められない、自分では分からない・・・」

今の子どもって、何でも、「ママ、こうしていい?」って聞くでしょう。昔の子も、「いい?」って聞くんですが、「いい?」の意味が違っているんです。

昔の子の「いい?」は、許可を求めるいい、確認のいい、なんですが、今の子どもの「ママ、お年玉でこれ買っていい?」の「いい?」は、「自分は分からないからあなたが決めてください」なんです。つまり、「私は決められない」っていう叫びが入っている。

更に言えば、そこで「いいわよ」って言われれば、「お母さんがいいって言ったんだから」、つまり、責任転嫁の練習をしている。「ママがこれでいいって言ったもん」って。

「お父さんが中学受験は、国語と算数だから、社会はやんなくていいって言ったもん」「教授がこの会社に入れって言ったんだ」「上司がこれやれって言ったんだから」、「親が結婚しろって言うから」、完全に自分の選択も決断もない生き方をすることになるんですよね。

そこに自尊心なんかないですよね。自分の選択がない以上、嬉しくもなんともない訳です。

更にもっと言うならば、人に自分の価値を決められる体験をずっとしますから、「良い子」って言ってくれる人にしがみつく。これが「良い子症候群」。最後には自分を失って壊れます。

しかも、この時に問題なのは、結局「良い子」って言われるためにやる、褒められるためにやるから、まず一つは、やりたいこととやることが違ってくる。

更に言えば、「良い子」って言われるためには上手くいかなきゃいけないんで、できることしかやらなくなる。できないことは、残念な顔をされるからやりたくない。

最初は伸びるように見えるけど、できることしかやらないからです。そして、できることと、やりたいことが別だった場合はもう最悪です。自分の人生にはやりたいことがない訳ですよね。

そんな中では、自尊心は育たないし、結局、評価は相対的なものですから、誰かが褒められていると、自分の価値が下がった感じがする。褒められている人間をそのままにできない。そこで、いじめが生じる。

だから、褒めて育てろっていう教育論が一般的になった地域ほど、実はいじめが増えていたり、子どもがおかしな壊れ方をしていたりします。教員の世界でも、評価システムが入った後、教員間のいじめが増えたのは事実なんですよ。だから、評価で人を伸ばそうとすることはやっちゃいけないんです。

褒められている子をそのままにできないから、まずはその子がやっていることを無意味なことにしなくちゃいけない。「あんなことをやったって意味ないよ」と、意味のあることから、意味を失くすことを練習する。


「悲しいですね・・・」

めちゃくちゃ悲しいですよ。だから褒めるの問題点を挙げたら、今の子ども達に起きていることが全部挙がりますよ。

あとは、その子がやったことを引き下げるので、当然、そこに意味があるとは思えていないから、学ばないじゃないですか。仮に学べても、自分がやったら今度は自分が引き下げられることを知っていますから、やる訳にはいかない。

もっと言えば、人の上には立てません。下にいれば責任転嫁できる訳。それから自分で判断ができない。そしてもっと言うならば、下にいないと、褒めてくれる人がいなくなっちゃう。そうしたら、絶対に主体にはなり得ない訳ですよ。

そして、一番残念なのは、結局自分がいなくなっちゃう。評価で「こいつ、すげーな」って言ってもらえる小さな世界の中で、自分じゃない人間で生きるのが得意になりますね。

でも、そこで相手にされなくなると、外で大きな問題を起こすという話になる。残念ながら手を下しちゃう子は、いじめに手を出しちゃうし、「良い子」もいじめられてひどくなっている子を見て、その子よりも自分はちょっとは上にいるって安心するという思いを持つ訳です。

人に評価される以上、怖くてしょうがないです。自分でどこにいるか分からないから、リアルな状態を知りたいんです。自分よりもめちゃくちゃな人間がいたら、少なくともこの子よりは上だって、実感できるから、実感を得るために、いじめを黙認するっていうことをやります。

今、世の中で起きている問題はほとんど、褒めるを含めた評価に問題があるんです。


「では、“認める”の良い点を教えてください」

認めるは、例えば、子どもがお手伝いをした。お手伝いをしたっていうのは、具体的な現実です。具体的な現実の行動を見て、認める訳ですから、今度はそこに具体的な影響がある。

例えば、子どもがお手伝いをしたら、お母さんがラクになったとか、早く終わったとか、助かったとか。具体的に影響もちゃんと見て、それをちゃんと並べたら、こんな文章になります。

「お母さん、この所忙しくて、読みたい本があったんだけど読めないでいたんだ」これが現実です。「今日、○○ちゃんが、洗い物を手伝ってくれたおかげで、(現実でしょう)お母さん時間ができて、本が2冊も読めてね、(これも現実でしょう)、すごく嬉しかったわ。(目の前に喜んでいる人がいる。現実でしょう)」

全て、現実でしょう。

まず、今僕が言った文章の中に、評価語って一個でも入っていましたか? 偉いとかすごいとか無いですね。全部事実で書かれていますね。

今の子ども達が、バーチャルの世界に逃げ込むのは、バーチャルな言葉を大人が使うからです。現実を見なくなっているのは、現実を言葉の中に使っていないから。プラスの質問とか、肯定的な言葉なんて言ってるくらいだったら、まずは現実で言葉を並べないとどうにもならないです。


「現実を語ることが重要なのですね?」

例えば、今の文章だったら、具体的に現実がこうなったっていうのをお母さんが見てないとダメですね。お母さんとの関係においてじゃなくて、現実との関係なんです。

自分がやったことで、現実が動いた。自分のやったことで何かが変わった。自分には何かを変える力があった。自分にはそれだけの能力があった。自分はそれだけの存在なんだ。

自分の変えたことが目の前に見えていることが嬉しい。そうしたら、自分の力を見る観点は、人の評価じゃなくて、現実に向かう訳です。更に、目の前に喜んでいる人がいる。これも思い切り現実じゃないですか。

だとしたら、自分のやったことで人が喜んでくれることが嬉しい。これを貢献っていいますよね。貢献の感覚なんて、教育で教えるもんじゃなくて、人間が元々持っているもんだと思うんです。

教育を受けるはるか前から子ども達は、自分のものを人に与えたがったり、「あそこの道、工事していたから、通れないよ」って教えてくれたりする。自分の持っている物や情報を人に与えて、その人が喜んでくれることで、それを持っている自分や、それを知っている自分の存在を認められる。

つまり、元々子どもは幼稚園に入る前から貢献っていうセンスを持っているんです。

「あそこの道が通れないんだったら、お母さん別の道を通って行くね」「別の道を通ったから、すーっと行けたけど、あそこの道通っていたら困っていたわ」って言われたら、自分の伝えたことで、お母さんはスムーズに通れたってことになって甲斐があるじゃないですか。


「自分を認められますね?」

でも、「そんなこと知ってるんだ。偉いね」なんて評価にするような馬鹿なことをやる。自分は持っている知識を与えたのに、偉いって言われるから、妙なことになるんです。

褒めるってことで、現実に目がいかなくなって、現実を見られなくなるんですよ。現実を扱える人間に子どもをしたいんだったら、僕らが現実の言葉を使わなければ。偉いとかすごいとか、こういう不明瞭な言葉を使っているうちは、子どもは現実を見る力が上がらないんですね。

且つ、認めるには自分の中で、こうやって上手くいった、こうやったら上手くいかなかった、両方学びになるんですね。じゃあ、どうやってやろうかって発想が出てくる。そして何よりそこから次のモチベーションが出てくる訳です。

人に何か言ってもらわなくても、現実を変えられたことが自己承認になるんです。自分で作りたいものを自分が作れたことが甲斐になったら、一人でも生きていけますよね。依存しなくて済む。


「そして、自分で責任を取れる」

そうそうそう。責任を取る、それが自立です。そこには、自分の発想だから、個性が出てくる。そうしたらオンリーワンになるじゃないですか。

そこでいろいろと発想ができたら、創造性が豊かさになるし、自分で動くから自立や自発性になるし、どうやったらできるかと考える中で、想像ができるようになったり、創意工夫が始まる。

現実に目を向けているから、人がどう思うかなんてくだらないことに左右されなくていい。

よく、学校の先生に話す時に、山本五十六を出すんですよ。山本五十六の「人は、やってみせ、言ってきかせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」っていうのがありますね。

一番は「褒めてやらねば、人は動かじ」でしょう。あれは動かし方なんですよ。操作の仕方です。


「確かに、操作の仕方ですね?」

しかも、もう既にやり方が固まった通りに人を動かす操作の仕方なんです。やり方がもう確立されたものだったら、やってみせ、言ってきかせて、させてみて、おお〜できるじゃないかって褒めてやれば、やれるようになるんですけど、それが限界です。

実はこの句には二番と三番があるんです。

二番は、「話し合い(話し合いですから対等です)、耳を傾け(人の話をしっかりと聴くことですね)、承認し(認めること)、任せてやらねば人は育たじ」。

ということは、褒めると認めるは、もう既に違うもんだって山本五十六は認識があって、褒めるのは動かし方で、認めるのが育て方だって、言っているんです。褒めるのは、育てることにならないんだって、逆に言っている訳です。

ちなみに三番は、「やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らじ」。三番は、人の実るプロセスです。

実は、この句は山本五十六のオリジナルじゃなくて、米沢藩主の上杉鷹山っていう哲学者でもあった人の言葉から取っているので、褒めると認めるは江戸時代から別なんです。

現代の方は、褒めると認めるがこんがらがっていますね。結果的に何が起きたかっていうと、認めるがなおざりになって、褒めるばかりになって、弊害が起きてきた。だからそれをやり続けていることは、問題だなあと思います。

大人の方も、褒めるをやっているから目線が上からなんです。だから僕は、褒めている先生が子どもと対等になんて絶対に無理だと思う。

認めるだったら、上だの何だのって関係なくできるんです。実はこの認めるっていうのは、こっちの側にも現実をしっかりと見る力がつくんです。見る力のある人間の下でだけ、人間は育つんです。


「家庭での子どもさんとのコミュニケーションのポイントがあれば教えてください」

気持を言うっていうのが、重要だと思うんですよ。
「これはダメじゃないか」じゃなくて、「こういうことがあって、お母さんは残念だった。悲しい」とか、「今回のこれは、お父さんは誇らしい。嬉しいよ」とかね。

子どもがお手伝いした時に、「お母さんは読みたい本があったんだけど、○○ちゃんが手伝ってくれて、本が読めて嬉しかったわ」って言われ、

それを見ていたお父さんが、「お父さんは○○ちゃんに、素敵な大人になって欲しいって思っているんだ。今日、○○ちゃんがお母さんのことを手伝っているのを見て、お父さん、すごく誇らしかったよ」って言われ、

更にそこに、おじいちゃんが来て、「おじいちゃんな、○○ちゃんがお母さんのことを手伝っているのを見て、安心して死ねるよ」って言われたら(笑)、自分のこのお手伝いが、お母さんには「嬉しい」、お父さんには「誇らしい」、おじいちゃんには「安心」を与えられたとなる。


「いろいろな気持ちを知ることができますね?」

いろんな人にいろんなことが起きるんだっていうことが掴めれば、自分のしたことで、誰が喜ぶかとか、逆に誰が傷つくかが分かる。つまり、人の気持ちが分かる人になると思うんですよ。

ところが、大人が気持ちを言わないで、気持ちを出さないで、気持ちの分かる人間に育てって言うのは、水のないプールで泳ぎを覚えろと言っているのと同じで、めちゃくちゃだと思うんですね。

「100点取れてすごいね」って評価だけして、「お母さんも嬉しい」とは言わない。気持ちを分かって欲しいのに、気持ちを言わない。気持ちの分かる人間になって欲しいのに、気持ちを出さないのって、おかしいでしょう。


「親も自分の気持ちを言うことが大切なのですね?」

認めるって言った時には、自分の気持ちもちゃんと見て、現実も見てってやったら、繋がりが見えるはずなんです。でも、どっちかしかないから、おかしなことになると思うんです。


「今、悩みや迷いを持っていらっしゃる方へメッセージをお願いします」

コーチ的になっちゃうんですけどね。不安な人には、「大丈夫だよ、不安なだけだから」、怖がっている人には、「大丈夫だよ、怖いだけだから」。

怖いかどうかとできるかどうかは、関係ないし、不安かどうかとやれるかどうかも関係ない。「迷っていたら迷っていたで、やってみたら」って伝えたいですね。

世の中には、怖くてもできることは山ほどあって、不安でもやれることは山ほどあって、苦手でもやれちゃうこともいっぱいある。

一方、怖くなくてもできないことは山ほどあって、自信があってもやれないこともあって、ってことは、結局、自信があるかないか、不安があるかないか、怖いかどうかと、できるかどうかは、関係ない。

怖い人には、「怖いままやったら」「不安なのね、行ってらっしゃい」です。不安なまま、行ったらいいだけですから、「行ってらっしゃい」なんですよ。

最近のスポーツ選手達が、やたら本番に強いでしょう。怖さや緊張がないかといったら、インタビューで、「怖かったです。緊張しました」って言うでしょう。感じてても、影響を受けないっていうパラダイムになってきているんですよ。


「今後の夢や展望を教えていただけますか?」

僕自身は、今は一応コーチングってなっていますけれど、「機能するコミュニケーションを日本の文化にする」っていうのをやりたいんですよ。

機能するコミュニケーションっていうのは、病んでる人は健全になるし、健全な人はパワフルになるし、パワフルな人は能力が目一杯見い出せたり、組織が機能したりする。

そのためにはコミュニケーションだと思っているんで、今はたまたまコーチングが機能してるなって思っているだけで、それよりも良いものができたら、僕は簡単に今のは捨てます。

機能するコミュニケーションが文化になったらいいから全国津々浦々に行くし、いろんな分野の人とやるのは文化にしたいから。つまり、当たり前になる。だから、最終的にコーチがいなくなるのが、僕の到達点。


「日本にコーチがいなくなる。皆がコーチングセンスを持つということですね?」

みんなが持ってたら、要らなくなるでしょう。上司が、親が、先生が、同僚がコーチングセンスを持ってて、それで自然に関わってたら、よほど特殊なセンス以外は要らないじゃないですか。そんなのがいいと思います。カウンセラーとかコーチが一杯いたらおかしな世の中でしょう。それが夢です。

それでね、うまくいきだすと、世界のパラダイムが変わると思うんですよ。優劣のパラダイムで、人類は数千年きているんですけど、そのパラダイムが無くなって、次の千年くらい使える違うパラダイムが出来上がったらいいなと思っています。




<編集後記>

二週間に一度日本を一周するという、超多忙な岸英光先生。
その移動途中の、貴重な2時間を頂戴して、お話を伺いました。

軽快にテンポ良く話される岸先生のお声は、
慈愛に満ちた深い響きを持つ、包み込むようなお声でした。

 「コーチングもカウンセリングも、コミュニケーション全体を学んで欲しい」
 「徹底的に人に関わって、センスを得る!」
 「褒めるでなく、認める。気持ちを言うこと!」

お言葉の一つ一つから、人間の可能性への熱い想い、
貢献への願いが、強く、暖かく、伝わってきました。



次回号「NLPを通して、子ども達が希望を持てる社会の実現を!」→

←前回号「あなたが自分のことを大事にすれば、人もあなたを大切にしてくれます!」


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-ご案内- 岸 英光 先生 コミュニケーショントレーニングネットワーク


岸 英光(きし ひでみつ)  エグゼクティブコーチ
           コミュニケーショントレーニングネットワーク統括責任者

「コーチング/ パラダイムシフト」の第一人者。
岸事務所代表。コミュニケーショントレーニングネットワーク統括責任者。
1985年より1992年まで、帝人株式会社にてマーケティング企画・技術開発・営業・システムなどを手がけると同時に、最新の各種コミュニケーション・能力開発などのトレーニングに参加。自らコーチされることを通して日本人に即したプログラムをオリジナルで構築。その後、人間関係や能力開発に関する様々な分野のセミナー・講演・研修・執筆活動を展開。数多くの企業で顧問(コーチ)として活動すると同時に、各地の保育園、小学校、教員研修などでの講演、一般参加者対象の連続講座の全国展開など、機能するコミュニケーションを日本の文化にするべく、精力的に活動中。「コーチング/ パラダイムシフト」の第一人者として高い評価を受け、テレビ・雑誌・新聞でも取り上げられる。講演・講座・研修は、全国で年300回以上。


<コミュニケーショントレーニングネットワークのHP>
【コミュニケーショントレーニングネットワーク(CTN)】


<岸英光先生の著書>

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悩んでばかりの自分から抜け出す方法



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プロコーチのコーチングセンスが身につくスキル



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あたりまえだけどなかなかできない 働く男子(ひと)のルール



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「ほめない子育て」で子どもは伸びる







インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)
鈴木明美
セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、NLPセラピスト、ゲシュタルトトレーナー、
交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren

インタビュアー:前田みゆき(まえだ みゆき)
前田みゆき
身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中

インタビュアー:川崎綾子(かわさきあやこ)
川崎綾子
ゲシュタルト・再決断@府中「座★すわろう会」で活動中。グループの中で
お互いにサポートを得ながら、自分らしく癒されるセラピーをしています。
ペンギン好き。趣味はバレエです。

GNJゲシュタルト療法トレーニングコース修了
日本ゲシュタルト療法学会会員
NPO再決断カウンセリングジャパン会員
矢野惣一問題解決セラピスト養成講座(上級)修了
レイキティーチャー

インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)
脇坂奈央子
『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント



運営管理:ラポール☆脇坂奈央子





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