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あなたのそばにいる「こころ達人の横顔」 インタビュー集


カウンセラーやセラピスト、セミナー講師など「こころの現場の最前線」で活躍されている方の横顔を紹介します。

 ・カウンセラーってどんな人なの?
 ・カウンセリングって、どうやって受けるの?
 ・私も将来カウンセラーになりたいのですが・・・
 ・・・などなど


「こころ達人の横顔」をインタビューしてきました。
あなたにとって、カウンセリングやセラピー、ヒーリングがもっと身近になれば幸いです。

- 関 則雄 先生 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター -

   「アートセラピーをやっていると、全部がつながってくる」

2013年 03月 2日


今回のインタビューは、日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター代表の
関 則雄(せき のりお)先生です。

関先生は、臨床歴25年のアートセラピスト。
日本芸術療法学会認定芸術療法士、日本集団精神療法学会認定
スーパーバイザーでもあり、『臨床アートセラピスト 養成コース』を開講
され、後進の指導にも精力的に尽力されています。

「アートセラピーは技法ではない」とおっしゃる関先生に、
「遊びと癒し」「アートセラピーの魅力と可能性」
「セラピストとしての在り方」などについて、深いお話を伺いました。


絵を描くことで生き延びた! これが私の原点

インタビュー写真




「先生は、小さい頃から絵がお好きだったのですか?」

そうですね。新潟の長岡で育ったのですが、小学校1年生の時に、駅近くのデパートでウィンドウに絵を描くというのがあって、それに選ばれて行く予定でした。でも、熱を出して行けなかった。すごく行きたかったという気持ちを今でも覚えています。なので、絵が好きだったのでしょうね。

自分の原風景みたいなものがありまして、母が買ってくれた画集のゴッホの絵が好きで、何度も見ていました。のちに東京に出て来て別な風景に出会ってから分かったんですが、ゴッホの描いた田園風景が新潟にそっくりなんですよ。


「では、美術系に進学されたのですか?」

違うんです。高校1年の時に埼玉に引っ越して、そのあと東京の国立に来まして。大学は上智だったんですけれどロシア語をやりました。

何で行かなかったかと言うと、絵が好きだからこそ美大に行かない、と気負っていたんです。なまじ好きだからこそ教育されたくない。教え込まれると潰されちゃう、大事にしたいからこそ美大には行かない、そう思ったんですね。


「その後、またアートの世界にというのは、どういうご経緯で?」

兄がデザイン会社の営業をしていまして、大学を出てからそこに呼ばれてフリーで仕事をしたんです。テキスタイルで、高級婦人服の吉忠モードのプリントデザインなどを描いていました。


「ロシア語学科卒ということで、卒業後、迷われたのではありませんか?」

時代が学生運動の時代だったんです。なので、私も勉強しないで、市民運動、食品公害問題、原発反対運動など、さまざまな運動を学生運動を含めを5つぐらいやっていたんですね。だから、大学からは煙たがれて、早く卒業してほしいと、むしろ追い出されたような感じでした。

当時、学生運動をやっていた人間は、自分達の理想があって、国や体制に対して批判していたわけです。ところが、やっていって気づいたんだけれど、自分達がそういう組織を作ると、結局それ自体、同じものを作っているんですよ。それに気づいて、最終的に抜けたんです。

その時に一緒に離れた仲間が何人かいて、別れたきりになっていました。それから半年後かな、たまたま大学の前の土手の上で会った仲間から、「○○さん知ってる?・・・郷里に帰って、飛び降りて亡くなったって」と聞かされたんです。一瞬、目の前の風景が止まりました。

そして、気づいたら閉じこもって一連の油絵を5枚くらい一気に描いていたんですね。そして描いている途中、「死ぬって何か」って。

今の自分だって、百年後にはいないし、自分を知ってる人もいないし、これが二百年後、いや、千年後、一万年後、百万年後、・・・自分の存在の形跡すらもない・・・と、思考が高速でめぐり、突然真っ黒いものがドッスーンと自分の上に落っこちてきて、悲鳴を上げたくなるような感覚に襲われるんです。

それは、現実にはほんの数秒なんですが、永遠の時間を持ったもの、つまり死そのものがかぶさってくるような恐怖でした。

その時に、神懸ったように無我夢中でグァーッと描いていったんですよ。自分としては、絵を描くことで生き延びたというか、救われた。後になって、アートセラピーというのを知って、「あっ!あの時の体験が、アートセラピーだったんだ!」って、気がついた。これが私の原点ですね。


「デザインのお仕事からアートセラピーの方に進まれたのは?」

デザインの仕事は1年くらいです。その後、さまざまな仕事でフリーターをしたり、塾の先生をしたりしながら、版画を中心に創作活動をしていました。

アートセラピーを学ぶことになったきっかけは、私が最初に結婚した相手が、アメリカの大学の修士コースで単位を取り残していたので、結婚後「取り残した単位を取って卒業したい」ということで、一緒について行ったんです。

絵なんか勉強するものじゃないと思っていたんですが、プログラムを見たら、たまたま大学院にアートセラピーというコースがあるのを目にしまして。それがきっかけなんです。


「卒業後は、アメリカにしばらくいらしたのですか?」

アメリカはトータルで4年間。最後の1年間はニューヨークのキングス・カウンティ病院センターの精神科の病棟付きのアートセラピストでした。ドクターが3人、サイコセラピストが1人いました。これが全部病棟付きですから、病棟の中に部屋があるんです。

アクティビティーセラピー・デパートメント、訳すと“活動療法科”の部署がありまして、そこで作業療法士、アートセラピスト、ダンスセラピスト、ドラマセラピスト、ミュージックセラピスト、リクレーションセラピストなどを雇いまして、各病棟に種類の違うセラピストが2人ずつ配属されます。

でも、私が行ったユニットでは前任者2人が辞めた後で、折からの市の予算が凍結で補充がなくて、セラピストは私ひとりだったんです。


「患者さんにセラピーをするのに、大変なことなどはありましたか?」

実は、その頃には1人でグループをリードするのには慣れていたんです。インターンの時の体験が大きかったです。

大学でのインターン先は1年ごとに別な場所を選ぶことを要求されていました。で、2つのうち、最初は半官半民の特殊学校、スペシャルスクールに行きました。3歳から15歳までの子どもがいる学校で、多くは、自閉症児、発達障害、虐待を受けた子ども達などです。そこでの絵の授業はアートセラピストが担当していました。

私は9月から行きましたが、2か月しか経っていないのに、ある日いきなりスーパーバイザーが来て、「ここを離れることにした」と言うんです。学校の経営に対してぶつかったのが原因で、彼は辞めてしまったんです。彼がいなくなって、子ども達が取り残された。でも、授業はあるわけです。

その次の日からは、私1人です。それで、数か月間、さまざまな年齢層の子ども達のグループをリードしてきました。だから、まず体験するっていうことを、やらざるを得ないからやっていった。

2年目は精神科の病院に行きました。先ほどのキングス・カウンティーH.C.と似た構造なんですが、スーパーバイザーが30代の白人女性のアートセラピストでした。

そうしたらまた同じことが起きて。彼女とドクターとの間で衝突が起きて、他の病棟に移っちゃったんです。スーパーバイザーのアートセラピストはいなくなって、また私が1人残されてセッションを任されたわけです。

それで、病院に行くと、画材のつまったクローゼットを開けて椅子に座り、「今日のセッションは何をしよう」と。半分瞑想みたいですよね。患者さんの顔を思い浮かべながら、2〜3時間考えて、「これがだめならこれ、これがだめならこれ」って3つくらい考えて、それでやりました。

また次もそうやって、という風に。・・・それで気がついたら1人でやれるようになっていた。今働いている病院でも、私のスタイルは、何をやるかは基本的にその場で決める、というやり方です。

頭の中に百何十ものメニューがあるから、「今日は何か皆さんどんよりしてるな〜、そういう時はこれやろう。今日は皆さん交流したがってるな、だったらこれやろう」と。


「その時のムードやエネルギーから決める?」

そうです。幸か不幸か、突き放されたからそれができたので、おそらく「私のやり方にきちんとついてきなさい」という教わり方だったらできなかったと思う。

今、他の人達を教えていて思うんですけれど、やっぱり学ぶだけでなく、自分から飛び込んでいかないと自分のものにつながらないですね。


「日本に帰ってからは、いかがでしたか?」

それで日本に帰りまして、その時に思いました。「これ、アメリカでは通じるんだけれど、日本じゃ、お絵描きなんかと馬鹿にされ、大人はやらないんじゃないか?」と。

ところが最初に精神科回復期病棟で共同画をやったんですが、始めてみると、ひげ混じりの大人も若い女性も夢中になってクレヨンで描いて、描きあがってからは拍手まで沸き起こりました。


「アートセラピーが受け入れられてきたということですね?」

そうなんです。そしてすごく感謝してるんですけれど、当時は病院自体がまだ余裕があって、準備の時間を与えてくれたんですよ。最初は回復期の病棟、次は急性期、その次は慢性期の病棟っていうように1か月ごとの時間差を置いて順番にスタートをさせてくれたんです。

あとで気がついたんですけれど、例えば、回復期と急性期と慢性期と、同じ精神科でも患者さんの病態が違うんですが、そこで違うことをやってる自分があるんですよ。違う材料を使って違うセッションのスタイルでやっている。

後で、「ああ、これがアメリカで学んだことなんだ」って気づいたんです。基本を学んでいるから、どこに持っていってもできるんです。

これが、たとえば老人のアートセラピーはこういうやり方である、としか学んでいなければ、それしか知らないから、それしかできない。しかし、アートセラピーの対象者には子どももいれば精神科の大人もいるし、認知症の老人もいるし、といろいろありますよね。そうしたらその数だけ覚えなきゃいけない。そんなの無理でしょう?

そういうんじゃなくて、一番本質的な、絵を通して何をやるのか、素材ってどういうものなのかとか、何のためにやるのかとか、そういうことを学んでいるから、自然に自分の中で、対象者ごとのやり方の違いができてきた。

だから私のやり方は全部アメリカで学んだと思われるかもしれませんが、でもアメリカで技法を学んだわけではないんです。要するに、技法ではないということです。

日本に帰ってきてびっくりしました。日本で行っている絵画療法は、技法になっている。技法になっていると、手順の問題なので、やっている側については問われなくて済む訳ですよ。でも、人の心と心のぶつかる所では、アートセラピーは単に手段なんです。



インタビュー写真




アートセラピーをやっていると、全部がつながってくる


「ご存じでない方に、芸術療法について教えていただけますか?」

芸術療法というのは、絵や音楽やダンスなどの芸術表現という手段を通してクライエントや患者さんの中から創造的自己表現と気づきを引き出し、自己の人生に対する主体性を取り戻していくというアプローチです。英語では複数形のアーツセラピーがそれにあたり、アートセラピーは、ビジュアルアートに限定したものになります。

つまり、芸術療法は心の癒しを目的としたメソッドです。・・・では、なぜ人は心の病気になるのでしょうか?

それには心理学的立場や学派によりいろいろな考え方があります。でも共通していることがあります。人間、つまり自分というものは、好むと好まないとにかかわらず、社会の中で生活していくわけですよね。

そしてその社会の中で、個人としての自分は社会と必ずぶつかる。アリストテレスが、人間は社会的動物だと言っていますが、これはまさに人間存在の宿命みたいなもので、人間を社会から切り離して語ることはできないし、その葛藤の中でバランスを取っている。これのバランスの中に健康があります。つまり、健康という静止した状態があるわけじゃあない。

その自己と社会の両極の揺れの中で、社会に合わせて自分をなくすと、これも1つの病だと思うし、社会の中で自分だけ孤立しちゃうのも1つの病だと思う。

これは例えですが、「窓枠」と「窓ガラス」があって1つの窓が機能していますよね。「窓枠」が社会「窓ガラス」という自分の存在とどう折り合っていくか。「窓枠」と「窓ガラス」ってピッタリのサイズじゃないですよね。ピッタリだと、温度が変わると膨張率が違うから割れてしまう。ですから、少しすき間がありますよね。


「遊びというか・・・」

そう、それ! 今、答を言ってもらいましたね。答はまさにその“遊び”なんです。

何で病気になるかというと、“遊び”が無くなってしまうからなんです。

これは詩的な表現をしているわけではなく、イギリスのウィニコットという小児科医であり精神分析医の理論家がはっきり言っているんです。「癒しっていうのは遊びの中にある。遊びができなくなって、心の問題が出てくる。ですから、そのためには治療者も遊べないといけない」と。そして「遊びができない人はセラピストになる資格はない」と、はっきり言っています。

そうすると治療という場面ではいったいは何が起きているかといいますと、遊べないクライアントや患者さん、彼らとセラピストが一緒に遊ぶ。2人の遊びを重ねたファンタジーの世界、そこで癒しが生じることになる。

まさにそう考えると芸術って“遊び”なんですよ。


「そのやり方として、音楽だったり、絵画だったり?」

そうなんです。そしてアートは、ダンスとかミュージックとの違いとして、どこが強みかと言うと、まず素材を使うということなんですよ。素材というのは、直接に触れることができる。

音楽は音だからふっと消えていくし、普通の精神療法は言葉と言葉ですね。言葉も音の振動だから残らない。空気の振動数だけで訴えるんですね。ダンスは体を使う。アートは作るんです。だからそこで「触れる、創造する」っていうことと関係している。

タッチすること。タッチできる素材を通して、心の内側の何かとタッチするんです。そしてそこからイメージを引き出します。でも病気の人は内側の世界で完結している。それを、1度自分の手を通して外の世界に出す。そうすると空想の世界でなく、リアリティーのある形のあるものとして存在してくるんです。

いったん外に出て、形に表されたものは自分の目で見ることができるし、他の人に見せることができる。見せるということは交流できるんです。そこでアートがコミュニケーションの手段となるわけです。

内側にあるだけでは推測するしかないけれど、外に出たものは、例えば「これ悲しそうに見えるね。つらいんだね」って言うこともできますし、別な状況では作品を通して褒めてあげることもできる。いろいろなやり方がありますね。それがアートの特徴の1つだと思いますね。

あと、アートセラピーの治療目的は1つだけではないんです。例えば、発散することなどもその1つです。


「発散ですか?」

心理学用語でカタルシスというんですが、この大事さを見せつけられたのが、(被災地の)南三陸町での子ども達とのアートセラピーでした。その時は共同画制作をやったんですが、参加した5年生と6年生の女の子たちは互いにくっついたまま、動かないで固まっていたんです。

そこで、自分の好きな色を1色手に取らせ「描かなくてもいい。ただ色を塗るだけでいいよ」とだけ言ったんです。するとこわごわと塗りだした手の動きが少しずつ大きなストロークになり、全員くっついて時計回りに移動しながらすごい力で紙面一面を塗りつぶしていったんです。

「ああ、彼女らはこれをしたかったんだ。こんなにストレスがたまっていたんだ」と思いました。気持ちを聞いてあげるとか、いろいろなアプローチがあるけれど、それ以前に、まずはそれを外に安全に吐き出す場所を作ってあげる。それがまず1つありますね。

あと、自分に自信がない、自分ってこんなことしかできない、っていうのを、自分が表現したものに対して、皆に拍手もらったりに褒められたりすると、すごく自信につながるし、自己評価が上がります。自分が生み出したものを褒めてもらうということは、間接的ですけど、自分の深い部分を肯定してもらったという気持ちなんだと思います。

あとは、作品を通して気づくってありますね。これは大きいです。それはいったん自分の思ってるものを、外に出して形にするんです。絵という形でね。形に出たものって距離を置けるでしょう。距離を置くことにより気づきへとつなげることができるんです。頭の中ではできないんです。


距離を置くっていうのは、実際に外に形にするからできること。だからアートセラピーは深いレベルでの「気づき」というプロセスが可能になってきます。


「その表現活動に、セラピストはどんな風にかかわっていくのでしょうか?」

いい質問です。今、気づきの例で言いましたが、現実って単純じゃないんですね。

というのは、自分で描いたものは自分で知ってますね。逆説的ですが、だから気づけないんです。だって、「これはなんですか?」と聞いても「それは、どこどこの風景です」で終わりです。確かにその風景を描いたらその人の意識ではその通りなんです。

しかし同時に無意識からのメッセージには気づいていません。なぜなら、意識されてないものこそが無意識ですから。ですからその時に、もう1つの“立ち会ってくれる眼”が必要なんです。それがセラピストの役目なんです。

誤解されやすいのは、この眼は、良い悪いを言う眼、咎める眼、評価する眼ではないんです。このような眼は、心理学でいうところの超自我の眼です。人々はこの眼におびえ、打ちひしがれて、心の病気へと追いやられるのです。


「評価・批判の眼?」

そうそう。誰でも程度の差こそあれ内側にそういう眼があるんです。これは、親の価値観や期待などを“眼”という象徴的な形で自分の中に取り入れたものです。アートセラピーではその反対に、共に見つめ、一緒に存在を丸ごと受け止めて立ち会ってくれるっていうかな、そういう眼の役割を、セラピストがやってあげるんです。

だから、ここに1つ大きな論点があるんですけれど、アート自体が癒しであるならば、アーティストは皆、癒された人達であるはずなのに、逆にドラッグに走ったり、自殺しちゃったり、というようなことがあります。どうしてそういうことが起きるのかっていう疑問がありますよね。

だから必ずしもアートそのものに癒しがあるわけじゃないんですよ。つまり、アーティストは制作中、自分で作り出しているものにモノローグをしているから、自分だけで完結しちゃってるんです。

そこに、もう1つの眼が補助自我として立ち会う。そうしたらそこから気づけると思うんですね。これは心理学的に言うと、子どもと一緒に見つめる母親のまなざしです。


「セラピストは、母親としてのもう1つの眼になるのですね?」

そうなんです。1つ例を挙げます。あるワークショップで、「今までに見た映画で印象深いシーンを絵に描いてください」というテーマで絵を描いてもらいました。描き終えてからのシェアリングの時に、ある女性が「モーゼの十戒の絵を描きました」と紹介しました。あの有名な、エジプト人に追われ、ユダヤの民を率いるモーゼが、行く手をさえぎる海を真っ2つに分けるシーンです。

本人の意識は、当然その映画のシーンを描いているつもりです。そこまでなんですよ。でも私は「その絵の上下をちょっとひっくり返してみてください」と言いました。「何か見えませんか?」と。そしてじーっと見てたら、「あー」と声を上げました。そこに見えたものは、女の人が両足を広げ子どもを産んでいるところ。出産の場面の絵になっている。

あとから本人に聞いたんですが、実は彼女は3か月前に子どもを産んだばかりで、それを契機にいろいろ問題が起きてきていた。そして、その過程でアートセラピーの体験セッションに参加したというわけです。

ここで私がやったことはただ、「ひっくり返してみてください」と言って、別な視点で見てもらっただけです。しかし、そういう視点は自分一人では、何年見つめていても出てこないかもしれないですよね。


「さかさまにして、というのは技法ではないですよね?」

それはその時の直感ですかね。それを得るにはある程度経験が必要ですよ。私も患者さんや一般の人の絵を7万点くらい見てきました。しかしながら、最終的にその本当の意味を理解でき、理解するのは本人しかない。これは鉄則です。

いくらこちらがそう思っていても、本人が納得して腑に落としていなければ正解じゃない。だからアートセラピストっていうのは、クライエントとともに立ち会って、「こういう見方もできるよ」っていうことをアドバイスしてあげて、気づきのきっかけを提供していくというだけです。

ただ、この人は感情をすごく抑えてて出せないでいる、そういう人にだったら絵の具や粘土を使ってみたらとか、素材を変えるアプローチをやることで開いていくこともある。だから素材のことも知らないといけない。

難しいのは、タイミングですね。病気は即、困った悪いもの、だから治さないといけない、というものではない。病気自体が守っている何かもあるわけですよ。

だから病気自体も丸ごと受け入れて、その絵をちゃんと理解していく。だから、外からはがすんじゃなくて、受け入れることにより、不要になったら内側からはがれていくというイメージですかね。悪いところがあるから除去しようとか、そういう外科的なアプローチはしないです。


「アートセラピーを受けてみたいという方に向けて、どんな良さがあるのか、メッセージをお願いできますか?」

アートセラピーは医者にかかるとか、何かの施術を受けるとかいった、受け身の療法ではありません。絵を描いたりするのはあくまでもその人自身です。その意味で、自らが自分の癒し手となる非常に主体的な療法です。

また、アートでは言葉を用いなくても自己表現をすることができます。ですから、言葉でうまく感情を表現できない子どもや高齢者、あるいは精神科の患者さんにも行うことが可能です。

また作品といった形で思考や感情を外在化させるため、自分の考えをまとめ、整理するのにもいいですし、自己洞察や気づきの手段としては非常に優れたものがあります。これは必ずしも、病気に関したものでなくとも、一般の人の自己発見や自分の人生の意味を追求する目的にも、アートセラピーは非常にパワフルな方法です。

個人やグループでのセッションを体験してみたい方は、私の主宰するアートセラピー・ルーム(多摩蘭坂アートセラピー・ルーム)にても体験できます。

このように、実にさまざまな対象者とニーズに応えられるというのが、アートセラピーだと思います。そして、アートセラピー可能性が驚く領域にまで広がっていくのを毎回発見していっています。

私もまだ、このアートセラピーの一端を知り得ただけですけれど、やっていくと、問われていることは、言葉って何か、見るって何か、コミュニケ―ションって何か、触れ合うって何か、その根源的なことのような気がします。


「今、悩みを抱えている人に、先生からメッセージを頂戴できますか?」

一般論的な答え方しかできませんが、どんなことにも意味があると思うんです。その渦中にいる時は、フォーカスがそこに絞られますね。トゲが刺さった時には、あれっぽっちなのにそこだけに意識がいって、これが身体の全部みたいに感じますよね。

どんな辛い体験でも、何年か経つと、ただのエピソードになって、「ああー、あの時はこうだったのか」と思えるようになってしまうこともありますし。

今、起きていることをきちんと感じると同時に、それをうーんと距離を置き、地球からも離れるぐらいに引き離してみたならどう見えるか。10年後20年後の自分が振り返ってみたらどう思うだろうか、その両方を感じてみると、その中間ぐらいのところに答があるかなという気がするんです。


「両方の中間を見てみる?」

とかくどっちか一方に行ってしまいがちですが、その中間ぐらいに“遊び”があって、「ああ、私の人生は、何でこうなの?」って実はそこに意味のある問いかけがあるかもしれない。気づきってそんな中から湧き上がってくるのかもしれません。

「そうは言っても」という人もいるかもしれないですが、例えば、パニックになって気が動転した時に自分を取り戻す方法、それは、呼吸に意識を集中し、“今、ここ”の現実に戻ることです。

緊張している時、思い詰めている時は息をしてないんですよ。吸うと緊張するから、とにかく「ふ〜っ」と吐くことです。そのほんの数秒のことなんですけれど、そこに“遊び”が出てくる。それだけでも違ってきます。

余裕ができるんですよ。「うーん」と思い詰めた時に、数秒の余裕ができたら、何か白けますよね。それができるようになったらいいんです。

そのためにも“今、ここ”のリアルな感覚をしっかり感じていることが重要です。でないと、“遊び”ではなく、現実から逃避をした解離になってしまいます。


「先生の夢や、今後の展望を教えていただけますか?」

早くアートセラピーを多くの人に、正しい形で引き継いでもらいたいですね。それがきちんと引き継がれたら、私自身は、狭い意味のアートセラピーからは離れ、さらなる可能性と広がりを追求していきたいと思います。

今もやっているんですけれど、占星学をアートと結びつけてやっていまして。描いた絵の中にちゃんと星の影響が示されているというような、びっくりするようなことが分かってきています。これは真面目な研究で、アメリカ含めて三つの学会で発表しています。

アートってすごいんですよ。全てにつながっている。宇宙ともつながっているんですよ。そしてこれは、きちんとした数字で証明できることなんですね。

昔の人達は、そのことに気づいていたのでしょう。でも、アート作品という形を通したからこそ、それを具体的に示すことができるようになったんです。それを自分の中で尽き詰めて、自然や宇宙的とつながったものをやっていきたいというのが夢ですね。それをやっている時の自分の方が生き生きとしているようですから。

アートセラピーをやっていると、全部が1つにつながってくるんですね。

芸術、心理療法、スピリチュアリティー、身体、集団、気など、表向きは別々ですが、本来同じ源からきていますし、つながっていると思います。アートセラピーというものをキーワードに、全部がつなげられそうな気がするんですね。

アートってすごいなと思うのは、いったん形に出て、目に見えるものとして示されるから、そういうのがはっきり分かるんです。





<編集後記>

「誠実さ」を絵に描いたような関則雄先生のお人柄にふれる
インタビューの時間となりました。

先生の中からわきでてくる優しさやあたたかさ、繊細さを
お話し中から感じ取っていただけたのではないでしょうか?

アートと触れると年齢の垣根がなくなります。
アートに触れると時間の感覚がなくなります。
アートに触れると夢の世界に導かれます。

年齢も性別も役割も超えた自分と人に出会える空間。

アートとこころの世界のつながりの奥深さと面白さを
皆さんもぜひ体験してくださいね。(A)



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インタビューTOP(目次)

-ご案内- 関 則雄 先生 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター


関 則雄(せき のりお)
     一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター代表
            アートセラピスト 日本芸術療法学会認定芸術療法士
                日本集団精神療法学会認定スーパーバイザー

上智大学外国語学部ロシア語学科卒。ニューヨークのプラット・インスティチュートにてクリエイティブ・アーツ・セラピー学科(大学院)卒業。ニューヨーク市立キングス・カウンティー・ホスピタル・センターにアートセラピストとして勤務し、精神障害者へのセラピーに携わる。
1990年に帰国後、碧水会長谷川病院(精神科)にアートセラピストとして勤務、現在に至る。また、1993年よりクリエイティブ・アーツ・セラピー研究会をスタートし、アートセラピーの普及に努める。
2006年10月には実行委員長としてクリエイティブ・アーツ・セラピー国際会議を開催し、大会議長を務めた。
長年にわたり日本芸術療法学会研修セミナー講師、明治安田精神保健講座の講師等を務める。聖マリアンナ医科大学神経精神科および関西医科大学心療内科におけるアートセラピーのスーパービジョンも行なう。
また、東京都教職員研修センター、全国学校教育相談研究会をはじめ、各自治体の教育相談室、フリースクール、養護学校の職員、幼稚園教諭、養護教諭などを対象に数多く行なう。さらに上智大学、日本大学芸術学部、女子美術大学(大学院)での講義を行っている。

現在、アートセラピーのトレーニングと実践の場を広げるための一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センターを立ち上げ、代表理事を務める。碧水会長谷川病院精神科アートセラピスト(2010年6月からは非常勤)。女子美術大学非常勤講師。臨床歴25年。


<日本クリエイティブ・アーツセラピー・センターのHP>
【一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター】


<関則雄先生のHP>
【多摩蘭坂アートセラピー・ルーム】


<関則雄先生の著書>

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芸術療法(共著)



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新しい芸術療法の流れ クリエイティブ・アーツセラピー



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practica〈2〉アート×セラピー潮流







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鈴木明美
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という思いから、「キャリエンジョイ」を立ち上げました。
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脇坂奈央子
『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント



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