恋愛相談 カウンセリング



おすすめメールマガジン
「こころの栄養@さぱりメント」
手軽にできるストレス解消法など、読むだけであなたのこころが元気になるメルマガです。

メールアドレス:

名前(ハンドルネームOK):





カウンセラーの探し方

カウンセラーを探す

メールマガジン

カウンセラーインタビュー集

カウンセラー登録

訪問販売法による表記

リンク集・相互リンク

お問い合わせ

■カウンセラーを探す
あなたの悩みを解消するカウンセラーを紹介します。

カウンセラー検索




さぱりメントへのリンク、バナーの使用はご自由にどうぞ




あなたのそばにいる「こころ達人の横顔」 インタビュー集


カウンセラーやセラピスト、セミナー講師など「こころの現場の最前線」で活躍されている方の横顔を紹介します。

 ・カウンセラーってどんな人なの?
 ・カウンセリングって、どうやって受けるの?
 ・私も将来カウンセラーになりたいのですが・・・
 ・・・などなど


「こころ達人の横顔」をインタビューしてきました。
あなたにとって、カウンセリングやセラピー、ヒーリングがもっと身近になれば幸いです。

- 子安 美知子 先生 シュタイナー教育 -

   「シュタイナー教育では、『早産』させてはいけない…と考える」

2013年 05月 11日


今回のインタビューは、「シュタイナー思想啓蒙と教育実践」の
日本における第一人者、ドイツ文学者で早稲田大学名誉教授でもある
子安 美知子(こやす みちこ)先生です。

子安先生は、千葉県長生郡長南町の21万坪の土地を有する
「あしたの国 シュタイナー学園・こども園」の運営母体
NPO法人「あしたの国まちづくりの会」顧問でもいらっしゃいます。

ルドルフ・シュタイナーによって提唱された「シュタイナー教育」。

子どもが意思・感情・思考において調和のとれた人間として
成長することを目的とし、発達段階に応じて独自の教育課題を掲げる
「シュタイナー教育」の魅力や可能性について、お話を伺いました。


エポック授業は、忘れるところに意味がある。「知識」が「体験」に変容する

インタビュー写真




「ドイツへはどのようなきっかけで行かれたのですか?」

まず1966年に、一人で行ったんです。ドイツ側が出してくれる、ゲーテ・インスティテュートというところの、半年だけの奨学金で。

結婚して、子どもがまだ2歳だったけれども、私一人がようやく行ける程度のお金だったから、子どもと夫は置いて一人で行った。でも半年じゃあ、やりたいこがやれない。何とかして、今度は、子どもと夫も連れて3人で来たいと思って、一旦帰って来たの。

その4年後の1971年に、3人で行くことになる。その時は夫の奨学金。彼は日本思想史が専門ですけれども、日本のことをやる学者が、日本語しかできないのは駄目だと。そして学問の方法論としてドイツ哲学は必要だと。

その頃ドイツの大学でも、日本の思想や哲学への関心を強めていましたから、フンボルト財団という、ドイツの奨学金に応募して採用されたんです。そこから、ミュンヘン大学の日本学科に、客員教授として行くことになりました。

家族手当も出たので、非常に助かりました、私と娘を連れて、3人で、1971年から1973年まで。今度は2年間。私達家族の歴史にとって転換を意味するほどの大きなことになりました。娘がちょうど満6歳で、小学校に上がる年です。


「シュタイナー学校との出会いについて教えていただけますか?」

公立小学校で手続きした数日後、本屋さんの前の張り紙に、アンゲーリカ・メヒテルという若手女流作家の朗読会のことが出ていました、聴き手が十数人の気取らない会で、朗読後のお茶会にも残りました。その作家さんが私に「日本からですか」と声をかけてきて、お互いの家庭の話にもなり「子ども、いますか?」「はい、今度小学校1年生」と。

「うちの娘もそうです。シュタイナー学校という、ちょっと面白い学校です。お宅も入れてみたら?」と話が進み、教育の特徴は「詰め込まない。みんなで遊んでいるみたいなところ。外国人も大勢います」と。私は「あら、これもまたチャンス」と思って、家に帰って夫に話しました。

ドイツに着いたばかりの時、私はいきなり娘を近くの幼稚園にぶち込むように入れたの。そうしたら迎えに行くたびに幼稚園の先生に「この子は口がきけないんですか?」と。ドイツ語ではっきり「おし」と言われたの。「いや〜結構おしゃべりな子ですけど」と答えたことなどもある。

その先生が「この子、観察力があって、けっこう理解はしているみたいだけど……」と言われたり。そんなことも特に気にしてはいなかったのだけれど、メヒテルさんとの出会いが、一つ可能性を開いたとも思えて、夫と、ではそのシュタイナー学校というところに入れてみようかとなったのです。

面談日、先生が娘に画用紙とクレヨンを渡して「何か絵を描いて」と促し、娘が家と女の子と木を描くと、「これは何?」。人前であまりしゃべらない娘が、「ハウス」、「メートヒェン」、「バウム」と、ドイツ語ではっきり答えていました。

先生は私に月謝の話や教育の基本的なことなどを話しました。で、数日後教員会議に出した結果の電話がありまして、「入学を歓迎します」だったのです。


「入学してみていかがでしたか?」

驚くことばかりでした。まず学校に上がる前に、私が一番親しくしていたドイツ人の友達に、「シュタイナー学校に入れるわ」って話したら、彼女は「えーっ!」って。「あなたの家の子どもがあんなところに行くことないでしょ」って、呆れた顔をするの。

「あそこは馬鹿が行く学校よ。絵を描いて歌って踊って勉強なんかしない」その反応には私、ちょっと当惑すると同時に好奇心もっちゃった。それから娘がレッスンを受けているミュンヘン音大のバイオリン教授に「この子、そろそろ学校でしょ」と言われて、また反対されるのかな、と思いながら「シュタイナー学校です」と言いました。

この先生も、エッと声を高めたんですけれど、「あなた、その学校のことを知ってたんですか!」と驚いてる。「いや、知りませんでした。こういう訳で勧められて」と話したら、先生は「それは歓迎すべき決心だ」って、私の手を改めて握手する。

その他にも何人かの人達に言ったら、賛成と反対がはっきりありましてね。もう入学前から好奇心満々でしたね、親としては。そして行き始めたら、面白いの何のって…… 。


「面白いとは?」

大きなノートのページにクレヨンでまっすぐな直線を一本描いてくるだけの日、螺旋を描くだけだったり、Kという大文字をページいっぱいの絵みたいに描いていると思ったら、これは王様の絵よ、という。王様は KONIG(ケーニヒ)と言って K で始まるから、その王様の絵から少しずつ大きなKの文字に移るのね。

毎日絵を描いて、それが6週間続いて、その間にアルファベットの大文字が10〜12くらい。あまりにもゆっくりした進み方でした。そしてある日、ドイツ語はしばらくお休み。明日からは数の勉強ですって。

私、びっくりして、迎えに行った教室前で先生を捕まえました。「家の子はやっと大文字が十数語書けるようになったのに、明日から忘れてしまいます。忘れないように私が家で教えておきましょうか?」。先生が「いや、忘れさせてください。忘れなければいけません」って真顔で答えた。

これが「エポック授業」なのでした。次の日から算数エポック。初日は1人の子を黒板の前に立たせて、みんなでその絵を描くの。次の日は2人立たせ描く。ローマ数字のTとUに見えます。3人立てばVに見えます。次のWはどうするのかなと思っていたら、先生はいきなり5人立たせたのね。

クラスの誰かが先回りして、先生そんなことしたらキリないよって心配する。じゃ、何とかしよう。こうしてみよう。5の時には指をまとめたらどうだろう。親指はこうして立たせて、他の4本をくっつけてみよう。なるほど X になる。で、4の時は5からちょっと1人外れてもらおう。すると W になりますよね。

6から先は両手を使って、Y,Z,[。そして10は両手の指をまとめたまま、手首と手首を交差させます。] が出来る。そこから一人外れてもらったら\。このあとXI、XIIまで行くんですけれど、この数字描きのエポックに4週間を費やします。ゆっくり、ゆっくり、とね。で、また算数のエポックも終わったら、「忘れさせなさい」ですね。


「それはどういうことなのですか?」

う〜ん、「忘れさせる」って言っても、肝心なのはね、毎日算数を45分、国語45分と細切れ枠で勉強して忘れるのと、来る日も来る日も算数に集中して100分間を連日、その4週間の後に忘れる必要がある、というのとでは、質的な違いがあるってこと。


「それはエポック授業というものですか?」

そうです。エポック授業だからこそ,忘れるところに意味があるんです。忘れた知識が、いやその「体験」が、形を変容させて残るんです。集中的に入り浸ったことがらは、知識を頭に注入したのではない「体験」なんです。

知識のつもりでいたかもしれないけれど、忘れている間にじわじわと無意識の奥底に沈んでいく。これって凄いこと。意識の表面に残る記憶なんかじゃないのです。その個人その個人の辿る人生、様々な出会いや岐路で、無意識からたちのぼる生命(いのち)の力に変容しているんです。

“宗教革命が1555年の宗教和議によって和解”これ、受験のための暗記ね。この丸暗記をたくさんの量、意識的に保持したとして、生命の力に熟していくでしょうか?

仮に「宗教改革」というテーマを歴史エポックに組み入れるとする。エポックの初日あたりは先生がマルティン・ルターの生い立ちから語ったりしますよ。というのは、歴史に実在した人物にまず身近にいる人のような存在感を持たせるのね。好悪の感情でもいいの。自分との直接な関わりを覚えさせて、年号や細々した事項を客観的に知るのはその後からです。

そういう深入りして続く3週間なりのエポックです。歴史も、地理も、物理も、全科目。美術史は2週間かけてイタリアの美術館巡り。老人ホームや自動車工場の実習も。

その後で忘れると体験が深みに潜ったところで、それは学んだ知識が固定した形で記憶されるのでなくて、形は変容する。生命が作用するから動き出すの。

学校の勉強ってね、全ての科目がその人の生きていく力に変容していくような、その作用を呼び起こすカギでありたいですよ。というところから一つ一つの授業を集中的なエポックの形でグーッと深みに入れ込むの。

だから知識が子どもの頭に表面的に残ってるかどうかを確かめるテストなんてしません。点数を付けることではない。でも通信簿はありますよ。点数ではなくて、子どもを描写する文章で。

「1から50まで足したり引いたり掛けたり割ったりすることが、ほぼできるようになりました」とか「足すのと掛けるのは早々とできる、でも割るということはまだちょっと苦手です」とか。

入学して半年くらいすると、毎月父母会があるんだけれど、両親とも出られるようにペアレンツイブニングと言って、夕食後の8時からです。そこで必ず質問が出ます。「先生、エポックで勉強したこと、忘れる必要があるって言われるのはなぜですか?」って。

自分が何かに夢中で集中して成し遂げた時、後で確かに忘れてるんだけれども、何かがどこかで力になっているって感じること、ありますよね。私もそこを、ちょっと理屈っぽく分かりたいと思って、いろんな本も読みました。そうしたら、こういうことが書いてあった。

シュタイナー学校で長年歴史の先生だった方が、“教師たるもの、目の前にいる子ども達が、今自分の言ってることを全部覚えてくれると思ったら大間違。今この子達に語っていることは、全て忘れ去られる運命にあるということを承知しておけ”って!

私もそれを聞いてガーンって。その頃、早稲田大学で学生達に「忘れちゃだめよ」を口癖にしている教師でしたから。「必ず忘れ去られる運命!」でも、どうもその言葉、当たっている。じゃあその次にどう書いてあるか?“忘れ去られた後に何がその子に残るのか、そのことに思いを致せ”


「そこに繋がってくるわけですね?」

そうなんですよ。だからその本を読んでからは、大学での授業の時「忘れないでね」と言う回数が減りました。時々言ってしまうと、心の中で、また言っちゃった、と自分で舌打ちしていました。

毎週学生達と顔を合わせて言葉を交わしている。そのことの何らかの意味を考えることはよくしました。で、定年退職を迎えた時に、いつこんなことをしたのかと驚くような文集を作ってくれた。ちゃんとドイツ語もしっかりしていて驚きましたけれど、あの忘れ去られる運命というのを自覚していたこととの繋がりがあるのかと思いましたね。



インタビュー写真




シュタイナー教育では、『早産』させてはいけない…と考える


「シュタイナー学校の特徴としてフォルメンとオイリュトミーというものがあったと思うのですが、お話しいただけますか?」

ええ、フォルメンもオイリュトミーも、普通の学校の科目にはないですね。シュタイナー学校ではこの2つは必修で、12年間続く非常に大きな2つの柱なんですよね。まず入学初日にノートとクレヨンをもらいます。


「エポックノートというものですか?」

ええ。で、そのエポックノートの第1ページ目、紙の上に直線を引いて。次の日に半円形を描いてきて、その次には直線を真ん中にして半円。次の日にはこんなの、あるいはこういう角張ったの、学年が進むと、この三角形とこの三角形が交わるとか、どんどん進んでいく。フォルメンの教則本だけでも10冊くらいシリーズであって、大人の私達も面白くて勉強会をしましたよ。

それは何かというと、生命あるものは常に動くわけ。フォルメンというのは動きなんですよ。本当は形ではなくて、動きが最終的に静止した時に形ができて、動きの完成形が形。しかし形が形でそのまま留まっていたら、それはもう死なんです。

「いのちあるものはみな動いている」なんて、子どもに言葉では言いません。あるものに必ず動きがある。それは大人の哲学です。子どもには、体験として動きを動き、動きを描く。

子どもの持って帰ったノートを見ると親はね、学校でこれやってきただけなの? ノート1ページに直線だけ。これだけ見たら私の友達のように、「何よこれ?やっぱり馬鹿が行く学校」と思う。

授業では先生が、まずまっすぐ立ちましょうと言う。一人ずつ、まっすぐ動きましょう。まっすぐ後ろにも沿っていきましょう。今度はみんなでまっすぐな列になりましょう。みんな列になってそのまま動きましょう。そして、今度はそれを描いていく。

大人の私達も父母会でそれをやるんですよ。ちょっとテレたり、不可解な顔もして。

まっすぐ線を描く。まっすぐっていうのは、見えない彼方から直進してくる。まっすぐの動きに私も乗っていって、ここで私は手放した。その動きは私の手を離れてもさらに彼方に伸びていく。それを心の目で追います。

動きを紙の上に描くのがフォルメンだとすると、自分の身体で動くのがオイリュトミー。両腕を水平にして直線。きちんと水平にできたかどうか、鏡に映して確かめようとしてはいけないの。「鏡を見ては駄目です。あなたの意識が本当にまっすぐになっていますか?」って注意されます。

あるいは 「あなたの直線、この指先で切れています。そこで意識を切らせているから。水平っていうのはどこまでも水平が続いているのです。垂直に立つ動きでは、私の足から地球を突き抜けて向こうに達する意識で」とか、そういう動きをするのがオイリュトミー。フォルメンもオイリュトミーも、この可視的な物理世界を超えて出る意識の訓練です。


「両方、繋がっているのですね?」

そうですね。今の例はフォルメンの発端であり、オイリュトミーのスタートでして、学年が上がるにつれてどんどん複雑に組み合わさったものになります。

オイリュトミーでは音楽の音階もドレミファソラシドといく。ドレミファの音を動いて、ファ音にシャープが付いたり。ソラシのシにフラットが付いたら?そこでフラットがつくことによる翳り、シャープがつくことによる目覚め、っていうような音の質を表現する。それから母音とか子音とか、そういうことがオイリュトミーで表現されてくる。


「シュタイナー学校では、8年間担任が同じですよね。その辺りについても教えてください」

3〜4歳、7〜8歳、あるいは9歳とか10歳の子どもさんがお近くにいらしたら思い浮かべて。人間が普通お誕生日って言うのは身体の生まれで、何年何月何日と明確です。それからあと3回誕生がある。体の誕生を入れて、全部で4回誕生がある。

第1の身体誕生の次は歯が抜け替えだす時期。全部生え替わるまで何年もかかりますけれど、大体7歳前後が第2の誕生。

それから次は思春期。いわゆる第二次性徴の現れる時。これが第3の誕生です。最後は成人する前後。成人式をやったり選挙権もらったりする辺りが、第4の誕生。


「そのように分けるのですね?」

それぞれを、第1の七年期、第2の七年期、第3・七年期、第4・七年期と言います。そして、それぞれに臨月があって、その「時が満ちる」までは保護膜に覆われています。身体の保護膜は母体。その次に生まれてくるものをエーテル体と言って、このエーテル体にも保護膜がある。

その次、思春期で生まれるものがアストラル体。これにも保護膜がある。二十歳前後で生まれるのが自我。シュタイナー用語としての「自我」という言葉を言い表すのは、ここで深入りするのは難しいけれど、自分の中の「真」の自分って言うのかしら。

肉体の誕生の時に、臨月を待たずに赤ちゃんが出てきたら、早産です。予定日、臨月までちゃんと保護膜の中で熟してから生まれるようにと、みんな願います。

それと同じ様に、第二の誕生の時にも、臨月が来るまで保護膜から無理に外に出さない。第二の誕生の臨月の兆候は、歯の抜け替わりが始まるあたり。

第3の誕生が思春期。最近は思春期が早まっている感じがするけれども、不思議とね、シュタイナー学校の生徒って、その点一般よりはちょっと遅いの。それは機械文明とかテレビとかから、少し保護しているせいもあるとは思うけど。

それから、最後が自我の誕生。社会に自立して出、社会で責任をとってよろしい、という本当の意味での誕生ですね。

そして、それぞれの七年期ごとに、教育の主題が変化します。


「教育の主題、それはどういうことでしょうか?」

最初の、学校へ上がる前の、歯が抜け替わる前のこの子ども達にとっては、肉体の五感、見る、聞く、触れる、嗅ぐ、味わう、この五感が健全に発達することが一番の主題。そこで本物を見せて、本物を聞かせて、本物を味わわせる。

食べ物の添加物に敏感なように、見るもの、聞くものにも添加物がある。見るものの添加物は電子映像など映像に代表される。聴覚にとっての添加物は、拡声器とか電子機器の音。この時期には、どんなに下手でもお母さんが肉声で歌を歌って聴かせる。

見るもの、触れるもの、着るもの……五感で感じる全てが本物であること。それが最初の七年期に大事で、その子がやがて大人になった時の行動力、意思力、生きる力、というものになっていく。それをしっかり味わわせなかったら、どこか意思力が弱かったり、行動力が欠けたり、という風になってしまう。

でね、早産させちゃいけない。例えば無理矢理英語を教えたり難しい理屈を子どもに叩き込むと、早産させてしまう。

「人参はカロチンが含まれてるからたくさん食べて大きくなろう」的な言い聞かせも早産。「美味しいね〜」と楽しみながら味わうのが、「第1」の七年期では大事なこと。

さて、4〜5歳児になると記憶力の「胎動」が始まります。この胎動に気をつけましょう。身体の誕生にも胎動があります。胎児が5〜6ヶ月になると、ピクッと動きますね。でも、「動き出したから早く産みましょう」とは誰も思わない。

子どももね、4〜5歳で「あらこの子、物覚えが良い」という場合、それは記憶の胎動だから、それを無理に早産させてはいけない。文字だの九九だのを教え込むと、早産になるということなんです。


「子どもの準備が充分整うまで、無理強いしてはいけないのですね?」

歯が生え替わりだして、ここの理屈は今省略しますけど、生え替わりだしたら、臨月の合図。「学校」に行っていい。「学齢」に達したのです。

シュタイナー学校の入学面談で、「歯はいつから生え替わりだしましたか?」という質問があります。それぐらい重要なメルクマールです。

で、その次に早産を避けるべき要素は、知的な理屈を抽象的に教えることです。小学校期の勉強は、いわゆる知育に属するはずの科目でも、すべて芸術体験を通して学ぶ。ノートはいつも絵から始める。絵から段々文字が現れ。絵から段々数が現れる。

九九の授業もいきなり「二二が四、二三が六…」とは行きません。クレヨンの色を使い歌を歌いながら、遊ぶ芸術から出発するのです。第2の七年期に、芸術に浸された教育がきっちりなされないと、大人になってから感情面の弱い人間になる。

ティーンエイジャーになると第3の七年期。思春期でもあります。ここで飛躍的に「論理」の出番。抽象的論理も解禁の時期なんです。けれど小学校時代は、抽象性を避ける。一例を言うと、数年前に学力調査で「地球が太陽を回っていることを知らない小学生が何十パーセントもいる」とマスコミが騒ぎ立てたことがありました。識者達も由々しき問題、と発言していました。

でもシュタイナー学校では、思春期までは、お天道様が回っていると思っていて良いんです。ガリレオやコペルニクスが16世紀になって初めて「それでも地球は周っている!」と叫んだ、あのドンデン返しの大発見を、子どもが本当に追体験するには、思春期に差しかかる年齢こそが正しい時なのだ、とシュタイナー教育では考えるわけですよ。

子どものお絵描きでも、例えば家の絵を、小さいうちから遠近感をつけて描かせたりするけれど、これもまだ本当の子どもの目からではないんですね。二次元的に平たい家で良い。

遠近感のある絵は、娘のクラスでは確か13〜14歳で、世界史の授業でルターが95箇条のご誓文を書き付けたヴァルとブルクのお城、あの絵をノートに描いた時が初めてです。その時初めて描くから、すごく感動するんです。歴史的にも、ルネッサンスに入る頃にやっと、西洋の絵画でも遠近法が出てきた。その画期的な歴史転換に、子どもは自分自身の成長とともに立ち会うわけですよ。


「思春期までに、五感・感情を育ててあるから、出会った時に感動が生まれるのでしょうか?」

そうなの。小さなことにハッと気がついて感動する。感動に継ぐ感動。思春期の反抗っていうのは日本だけでなく、どこでもありますけれど、反抗期の子ども達が授業で衝撃的な感動体験をすると、心の深くで実はそんな授業をする先生に尊敬の念が生じます。

小学校の2〜3年生の頃に「このビルはこうやって描くものだよ」って教え込んだら、暗記させられて描くわけ。感動しないんですね。そういう大づかみな教育の配慮が、子ども達の内面の成長に対してあるから、入学してから8年間は同じ先生にもたせる。

1年生からずっと通して見る先生には、今年のクラスは少し成長が早いから、この辺でこの絵を見せようかとか、この辺であえて抽象的な定義にまとめてみようか、とかができるようになる。先生がその時その時で、観察からの判断が。

音楽に長調と短調がありますが、低学年の間は長調に馴染ませる。ある時、先生が短調を聴かせようかと。子ども達の中に素直で明るい空気がみなぎっているクラスで、早い子は、ある時ふっとある陰りを見せる時がある。そういう陰りを好む子どもが何人か現れてくる。そんな時に、短調の曲を聴かせる。

すると子どもが先生を追いかけてきて「先生、今日のあの音、嫌い。あんなの聴かせないで」って言う子がいたり、「僕はあれに取り憑かれちゃう」って言う子がいたり、そういうのを見計らいながら先生は徐々に短調の方に入っていくんです。


「すごく感情が豊かですね?」

そう。この第2の七年期の教育者としての課題は、子ども達に早く方程式などを教えようと意図するのではなくて、子ども達に感情の分化を体験させること。微妙な感情の分化。単なる喜・怒・哀・楽という4つだけの感情じゃない。

憧れという感情、孤独という感情、寂しさ、妬み、絶望の感情。それらを色、音、音楽、絵画で味わい、表現することを通過させるの。


「悩みをかかえている方にメッセージをいただけますか?」

えっ? 悩みをかかえない人間って居ないでしょう?  私は80年も生きたからこういうことが言えちゃうのかも知れないんだけれど、悩みがあってこその豊かな人生なんですよ、本当に。悩みは宝になる。宝と思った方が良い。

悩みは恥ずかしいことでもなければ、自分を否定する材料でも無い。それを宝物として生かそうとする、そういう積極性を堂々と持ちましょうよ。私ほど悩んでいる人間はいないだろうと思ったって、そんなの比べることはできないわ。

最高の悩みだとか最低の苦しみだとか、私は、イエス・キリストでもないしクリスチャンでもありませんが、キリストの十字架に比べれば何でもないことです。苦しんでいる時、悩みに苛まれるとき、これは私に自分にどういうきっかけをもたらしているのか、何の促しなのだろうか? と考えていくことです。

そしてできるだけ、それを共有できる友人を日頃からもっていること。


「友達と共有する?」

誰も分かってくれないなんて思わないで、その時は、まさに「溺れる者は藁をもつかむ」ように、手当たりしだいに訴えたりしていいのです。

そのうちに段々、この人と今日、この話ができている、けど、あの人にとっての私は、それだけの力になってあげられているだろうか? と省みたりする。友情も甘える一方ではなくて、自立し合うことと悩みを共有し合うこととを可能にする、そういう努力はしなくちゃ、大人と言えない。

震災で苦しんでいる人達の1人1人、どのお話を聞いても、新聞でご苦労を読んでも、涙で読めなくなる。それに気づくと、自分の悩みなんてちっぽけだ。

私も子どもの頃は、何かと周囲を恨みました。よその家庭は、和やかでゆったりと休まる家庭なのに、自分だけが何でこんなに辛い思いをしなきゃいけないのかと恨む思いをよく持ちました。


「お辛い思いがおありだったのですね?」

実母に死なれて後妻に来た継母を、私は恨んだものです。大人になって、母の側から見れば、二十代で子持ちの家庭にやってきて、その子は素直に従ってくれない、戦時の苦労も重なって、かわいそうだったなーなんて思いますね。

不思議だけども、血の繋がりのない母が亡くなった時の方が、実の父親に死なれた時よりも悲しかった。

継母との間には、幼児期にいじめられた恨みや、悔しくて仕返しをしたような思いが、成人して友だちのような対等関係になってからも無意識の底にくすぶっていたのか、彼女に死なれた時、とても悲しくて、「あの時こうすればよかった。ああしとけばよかった」と後悔が尾を引きましたね。

それと私は、シュタイナーを学ぶようになってきてから、自分の今回の人生への「ある納得」を持つようになりました。


「それは、どういったものですか?」

私は、今回生まれてくる前に、自身の人生上の様々なことを選んでいる。産みの親をも自ら選んで地上に出てきた。そして、産みの母親が早く亡くなるということも、次の母親が来たことも、私がそういう運命を選んでいる。それもこれも、自分が携えてきた宿題、と。

そして今回の人生において色々あったことは、全て私自身の責任に於いて起きていることだ、と納得します。その上で、今この瞬間からは、私はそれらに縛られない。今の瞬間からはそれらから自分を解き放ち自由な行為をなすのだ。

いつでもその時その時の自分が、その瞬間において自由であって、自己責任に立って全てを選んできた、だから何も恨みはない。反省しても、後悔はしない。


「自己責任に於いて全てを選んでいるのですね?」

私が絶えず噛みしめる言葉「希望とは」をご紹介しましょう。「希望。それは、今取り組んでいることが、きっとうまく行く、と思うオプティミズムではない。このことには意味がある、と確信すること。それが真の『希望』です」っていうの。

厄介な困難な嫌な問題を抱えているとする。何とかうまく解決したい、ああ大丈夫だろうって思うことではない。これ、私の課題だ。取り組む意味があるのだって確信すること、それが「希望」なんですね。


「21世紀はどうなっていくのでしょう?」

20世紀から21世紀、電子機器の最たる時代を底にして、これからの人間は段々また、見えない世界が見えるようになっていく、とシュタイナーやエンデが言いますが、ここで大事なのが、これまで得てきた地上世界征服の力を捨てちゃダメ。捨てずにこれを手にしたまま、新しい認識の目を目覚めさせる、とそういう歴史観を、私は納得しつつあります。

この降りてくる過程で、大多数の人が見えない世界への目をどんどん失って行く。ところが稀にまだ向こうの世界が見えていた人がいた。

その個人が向こうの世界のことを、もう見えなくなった人達に語っていたのが、宗教の教祖でした。その頃は教祖が語る必要があったのです。

でも、20世紀を底にして、もう宗教ではなく、1人1人が自力で認識する時代になった。教祖はもう要りません。教祖を通して間接に向こうの世界を知るのではなく、今地上の生でのことがらを自分の目で見、自分の頭で考えるように、これからの個々人は自力で認識の力をもつこと。教えてくださいでは駄目。

人間は20歳になるまでは、教えてもらう必要があります。個々人のレベルでも人類全体としても、21世紀からは自我の確立を自力でするわけです。


「シュタイナー学校についてはいかがですか?」

シュタイナー学校というものが、この世界に存在する事実を、この日本で広く知らせたのが子安美知子という人物だったことは確かです。私が初めて、一般性のある本を書いて、その本が何十万部も読まれたから、歴史的には「紹介者」とされている事実があります。

1980年代、90年代、そして2000年代、じわじわ勉強会と運動が進み、今日本に8〜9ぐらいの学校ができました。幼稚園はもっとたくさん。

私、使命感でやっていると言われるのがどうも自分にそぐわないですね。半分は面白くて、悲壮な感じはもたない。苦労はありますよ。だけど、誰にも生の課題があって、それは苦労も伴いつつ、しかしある意味で淡々とやっていく。シュタイナー著作で読み残しているあれやこれやを死ぬ迄には読んでおきたい、とかもあります。

外の世界に向けても、実は具体的にちょっと大きな目標もあります。千葉で手に入った21万坪もの土地がありましてね。1万坪でよかったのに、何というご縁か、広大な里山をもらってしまった、これも「運命」ですわね。すると学校だけじゃない共同体を作ろうと、自ずとそうなってきますね。

今でも一番基本の所では、心から理解し合える仲間とともに共同体を作ろうとしているのです。ただし絶対にカルト的なものではありませんよ。こつこつと地道に、試行錯誤を重ねてやっていくことで、いつの日かそういう風になっていくのかもしれない。まだまだ下地作りの段階です。苦労は絶えないけれどね、今楽しくやっている日々です。

「下地作り」と言いましたが、シュタイナー教育は2005年からすでに始めています。私個人で言えばこの教育の下地は30年来やってきています。その上で、規模は小さくとも確かなものを種子蒔きし、発芽もさせました。

2005年にシュタイナーこども園という幼児期教育、2007年にシュタイナー学園という小学校、2009年からは大人と子どものための「治癒教育」。これには注が必要ですけれど、いわゆるハンディキャップを負う人間をどうとらえ、自身の自己認識とも結びつける勉強、と言ったらいいかしら。

この2013年春からはシュタイナー学園の一回生が七年生、つまり中学段階に入ります。だから今回インタビューを読んで下さった方の中で、共鳴して、行ってみたいという方がいらしたら、とてもうれしいです。ホームページをごらんになって、ご連絡下さい。





<編集後記>

ご自身の体験を通して、三世代に渡り、教育の変化を
見てこられた子安美知子先生。

戦争という激動の時代から物であふれる現代へ、
時代の大きな変化と教育現場の中で、先生が確信された
思いを活き活きと語ってくださいました。

これまで手に入れてきた目に見える世界を手放さず、
目に見えない世界へも意識を向ける。

両方の意識をあわせもつことで、これから訪れる
新しい認識の世界がもうすぐそこまできている、
そんな予感をさせるインタビューとなりました。(A)



次回号「クライエントさんの状況に合わせてアプローチを選択する」→

←前回号「自信には2つある。『他者込みの自信』で、自分の可能性を広げよう!」


インタビューTOP(目次)

-ご案内- 子安 美知子 先生 シュタイナー教育


子安 美知子(こやす みちこ)  早稲田大学名誉教授
                     あしたの国まちづくりの会顧問

1933年生まれ。ドイツ文学者。早稲田大学名誉教授。
東京大学大学院で比較文学を専攻、早稲田大学に40年勤続し、ドイツ語ドイツ文学の教職に当たる。
ドイツ語辞典類、文学論文の他、『ミュンヘンの小学生』を皮切りに、シュタイナー教育、ミヒャエル・エンデをテーマとする著書、翻訳書多数。黒姫童話館エンデ資料室」、ビデオシリーズ『シュタイナーの世界』等の監修。
シュタイナー思想と教育実践の学びの輪の中で、1982年「日本シュタイナーハウス」を開設、1987年東京シュタイナーシューレ創立等の歴史をつくる。
1976年『ミュンヘンの小学生』に対して毎日出版文化賞受賞。
2012年春の叙勲において瑞宝中綬章を受勲。


<子安美知子先生のTwitter>
【子安美知子】


<あしたの国 シュタイナー学園・こども園のHP>
【あしたの国 シュタイナー学園・こども園】


<子安美知子先生の著書>

cover
子どものいのちを育むシュタイナー教育入門



cover
ミュンヘンの小学生―娘が学んだシュタイナー学校



cover
シュタイナー教育を考える



cover
エンデと語る―作品・半生・世界観







インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)
鈴木明美
セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren

インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)
前田みゆき
身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中

インタビュアー:阿部理恵(あべりえ)
阿部理恵
キャリエンジョイ代表
自分のキャリア(強み・経験・スキル)を活かして楽しんで生きよう(エンジョイ)
という思いから、「キャリエンジョイ」を立ち上げました。
フツーに働いているけど、ちょっとモヤモヤしている。そんな方々の
ご相談承ります。
心理カウンセラー・ファイナンシャルプランナー(AFP)・ライター・俳人
HP:自分を知る力.com
ブログ:「カウンセリング受けるほどじゃないけど・・・」と思ったら読むブログ

インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)
脇坂奈央子
『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント



運営管理:ラポール☆脇坂奈央子





毎朝1分★天才のヒント



天才のヒント

Copyright (C) 2004 Japan Net Counseling Federation. All Rights Reserved.