「娘の私が伝えたい!父子家庭のはなし」
〜 『お父さんにパンツ洗ってもらうの?』って聞かないで 〜 |
山下 康代
|
小冊子(A5版64P) 1冊 : 1,000円+送料 |
|
さぱりメント文庫の販売は、終了いたしました。 長い間ご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。
お母さんは、いつでも側にいてくれるものだって思ってた。
遠く離れていても、電話をすればいつでも連絡がとれるし、困ったときには支えてくれる。
いつまでも、いつまでも、私にとってお母さんは、いちばんの味方であり、女性としてのお手本。
・・・そう信じて疑わなかった。
もし、今、お母さんがこの世から突然いなくなったら、どうしますか?
特に、女性の方・・・これから先、お母さんという一番のお手本を失ったままに女性として生きて
いかなければならなくなったとしたら、どうしますか?
この本には、三人の主人公が登場します。
一人は、ある日突然、お母さんがこの世からいなくなってしまった女の子。
戸惑いを隠すことのできない、泣き虫さんです。
もう一人は、それでもどうにか試行錯誤を繰り返しながら大人になった、将来の女の子。
泣き虫さんの、未来の姿です。 |
そして、最後に登場するのは・・・父子家庭で育つ、あなた自身。
各章の終わりについている「この本を読んでいるあなたへ。」に、ぜひ、あなた自身の経験や思いを綴り、あなただけのストーリーを完成させてみてください。
それはきっと、将来のあなた自身に対する、何よりも素晴らしい贈り物になるはずです。
幼い女の子にとって、母親なしに成長していくということが、いかに困難なことであるか。
その困難を、どう解決していくか。
また、どう大人になっていけば良いのか。
・・・私なりのヒントが、たくさん詰まっています。
父子家庭の経験のある方だけでなく、ちょっぴり泣き虫なお子さんのいるお父さん・お母さんをはじめとして、「あ!そんな子ウチの近所にもいる!!」という全ての皆さんに、一見の価値アリな本です。
【目次】
プロローグ
第一章 「お母さんじゃない!」
第二章 「現実」
第三章 「渡すあてのないカーネーション」
第四章 「参観日」
第五章 「ひとりぼっちの入院生活」
第六章 「お父さんのカノジョ」
第七章 「もうひとりのお父さん」
第八章 「人恋しくて」
第九章 「良い子になりたくて」
第十章 「良い子の限界」
エピローグ
あとがきに代えて
|
| <推薦者の声> |
幼くして母を失った少女の「心の叫び」「疼き」が、胸に突き刺さります。
しかし、一緒に危機を経験していく人の協力と、
「ありのままの自分の気持ちや望みをそのまま大人に伝える事の大切さ」とに気づき
ながら、少しずつ成長していきます。
大人になった少女が、幼かった自分の心を受け止め、色々な見方・選択肢があった
ことに気づき、今までの苦しさ、やるせなさを乗り越えていく・・・切々と伝わってくる
その過程が素晴らしく、心を打ちます。
子どもの「心のひだ」を理解できる親・教師、そして社会でありたいと痛切に感じました。
ぜひ大勢の方々に読んでいただきたい、珠玉の本です。
浜松北高校結婚相談室 別室長 滝下明美さま
|
この本の主人公がいろいろな困難を乗り越えていく時に、自分らしく
生きる知恵と勇気と力がついて行くことに感動しました。
子どもの心を親や周囲の大人たちが理解してサポートしていく必要性
も、つくづく実感します。
日常生活の中で、自分の心に耳を傾け、自分の気持ちをありのままに
受け止めること。
相手の言葉にも耳を傾けて、気持ちを感じて会話すること。
・・・そのような行動が、お互いの存在を尊重し、大事にするという愛情
体験になります。
この本の中では、自分の心と対話しながら、読者とも対話するめずらしい
形式になっています。
共に自分の心を見つめていくことで、対人関係に必要な共感能力や自他
信頼感が養われると思います。
読んでいくにつれて、「自分も頑張っていこう!」という元気が湧いてきます。
そして、子どもの微妙で繊細な心が理解でき、親や周囲の大人たちは
どのようにサポートしていけば良いのか、参考になります。
自分の心を見つめていく順序が学べ、相手に伝える方法が自然にできる
よう、読者と共に経験していく1冊です。
親と子の相談室「こころ」 室長 越川侑子さま
|
伝えたい! という気持ちが、よく伝わってきました。
保育士さんや小中学校の先生、子育て中の親や祖父母に読んで欲しい本です。
ただ、「父の性欲」の話が出てきたので、例えば「父子家庭で育つ小学生に、内容を読まずに他人がプレゼントする」
というような使い方はマズイかも知れないな、と思いました。
手にしたら、まず自分で読むことが大事ですね。
ココロの相談室 代表 藤崎洋子さま
|
過去と現在の自分+読者という実験的な設定に興味を抱きながらも、前半は心配になりました。
先生や友達、父親を恨めしく思う子供を肯定してしまって、大丈夫なのかな?
これを読んだ子供達がネガティブな他責人間になってしまわないかなと。中盤から終盤にかけて、全体構成で組まれているということが理解でき安心しました。
同意⇒共感⇒同調⇒誘導⇒啓蒙
という構成で、単なるエール本でなく、カウンセリングになる良書で有ると感じます。
ししゃもシングルズ 冨岡さま
|
|
|
<本書の内容の一部を紹介します>
「あたし」が通っていた小学校では、母の日が近づくたび、ビニル製のカーネーションに「お母さんありがとう」という
紙のついた一個数百円のブローチが販売されていて、生徒全員がそれを購入するのが、当たり前になっていました。
母が亡くなって最初の母の日、「あたし」はたった一人だけ注文用紙を提出しませんでした。
当たり前のことをしていたつもりでしたが、事件は起きました。
・・・その時の「あたし」が発したSOSこそ、3回目に届いた現代の私へのメッセージだったのです。
SOS:過去の「あたし」から未来の「私」へ。
**********************************************************
先生は、みんなの前で言った。
「りこんしてお母さんがいないK君は、毎年おばあちゃんにあげてるのよね?お母さんがいなくても、あげる人はいるよね?」
あたしはしぶしぶと注文用紙に「1」と書き込むと、先生にわたした。
数日後にとどいたカーネーションのブローチは、自分のむねにつけて帰った。
おねえちゃんに渡そうとしたのだけれど、
「私、お母さんじゃないもん。」
って、言われて返された。
お父さんに渡そうとすると、
「お父さんもお母さんじゃないから。」
って言われてまた返された。
渡すあてのないブローチをあたしはそっとゴミばこへすてた。
・・・未来のあたしへ、ききたいです。
どうしてお母さんがいないのに、カーネーションを買わなければいけないのですか?
お母さんがいない子は、どうすればいいのですか?
母の日が近づくたびに、あたしは毎年こんなにいやな思いを繰り返さなければいけないのですか?
本文「渡すあてのないカーネーション」より一部抜粋
|
|
<この本を書こうと思ったきっかけ>
子どもの頃、友達のお母さんが転んだ私の足の傷を手当てしてくれた時、どうしてか分からないけれど涙が溢れてきて、
でもそれを悟られたくなくて、ずっとブツブツ文句ばかりを言っていました。
素直に誰かに甘えるすべを知らない、不器用な子どもでした。
けれども、母性愛というものに、誰よりも飢えている子どもでした。
大人になってからも、とある法事へ出かけた時、私と同じ年頃とそれよりも3つほど年上の2人の女性たちが、母親に
寄り添っている様子や、手を握られたり抱きしめられたりしている様子を間近で見せられて、何とも言えない孤独感に
襲われました。
そして、父を連れて行った私に言った、彼女たちの言葉・・・
「私たち、早くに父親を亡くしたから、家族みんなとっても仲が良いのよ。」
悪気はないと分かっていても、私には、こう聞こえたのです。
「お父さんがいて、いいわね。私たちはお父さんがいないから、うらやましいわ。」
・・・それは、そのまま私の気持ちでもありました。
「お母さんがいて、いいわね。私にはお母さんがいないから、うらやましいわ。」
彼女たちは寂しいとき、素直にお母さんに甘えられる。
同性同士だから、それが抵抗なくできるし、許される。
けれど、父子家庭の私は、いつからか、お父さんに素直に甘えられなくなった。
お父さんを男と意識した時から。
そして、自分は女であることを感じ始めた時から。
ずっと、ずっと、私の心の中に潜んでいた、暗い闇。
年月は流れ、こんな私もついに、
「そろそろお子さんを・・・」
なんて、周りから言われる歳になりました。
でも、なぜだか実感が湧きません。
私には、まだ、やらなきゃいけないことがある・・・漠然と、そんな思いに駆られるようになりました。
数年後、私はフジTV系列の人気ドラマ『僕と彼女と彼女の生きる道』を見ていました。
母親が家を出て行ったため、父一人娘一人の生活を始めることになった徹朗と凛・・・私はいつしか、凛の姿を
過去の自分と重ね合わせていました。
その後、父子家庭を舞台にした小説『今、会いに行きます』が話題を呼び、ついに映画化も実現されました。
そして、確信したのです。
「今なら伝えられる。」
と。
・・・この本は、そんな私がようやく前に踏み出し始める、ほんのひとつのステップであり、きっかけなのです。
|
|
<著者プロフィール>
|
山下 康代 (やました やすよ)
1976年 静岡県浜松市に生まれる。
1989年 浜松市立東小学校卒業
1992年 浜松市立八幡中学卒業
1993年 高校中退
1994年 大学入学資格検定取得
1995年 私立つくば国際大学産業社会学部社会福祉学科入学
1997年 大学中退
2000年 放送大学教養学部生活科学コース(生活と福祉専攻)編入
2002年 結婚
2003年 放送大学教養学部生活科学コース(生活と福祉専攻)卒業
パソコンを独学で学び、SOHOスタイルのライターとして仕事をはじめる。
山下康代のカウンセリング受付はこちら
|
山下新一郎さん(ダンナさま)からのメッセージ
私の知る限り、父子・母子家庭共に親である方々は人一倍奮闘し、気を張り詰めて日々を過ごされています。
親として、人に後ろ指を指されぬよう一人二役を演じ、出来ることは寸暇を惜しんでこなそうとするメンタリティーは、
両親のいる私の想像を超えたものだと思われます。
子を背負い奮闘する様は、鬼神のようにも映ります・・・が、その背負っている子に背を刺され、四面楚歌を感じられた方も
少なくないのでは・・・。
片親という現実生活の様々の事象の中で、折り合いをつけられるかどうかは、年齢や性別ではなく、どれだけ多くの対話
(メール・手紙・沈黙等)を重ねられるかにあると思われます。
子どもにとって大切なものは何か、子どもが切望しているものは何か、彼女はその「子ども」の視線でこの本を執筆しました。
「背を刺された」「背を刺してしまった」とお感じになられる時、彼女が書いたこの本が何かの参考になればと思っています。 |
|
|
<パブリシティー>
本書が紹介された掲載記事はこちら
・東京言友会ニュース
|
|
<本書のイラストについて>
本書で掲載してるカットは、
イラスト素材サイト「B*wasabi」さまよりご提供いただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

|
|
| <読者から頂いた声を紹介します> |
私も、いろいろな家庭関係に触れる仕事をしていますが、正直、「父子家庭」の話を
ここまでリアルに感じたのは初めてでした。衝撃的でした。
なぜなら、私のイメージの中にある父子家庭のイメージは、
ドラマの「はぐれ雲・・・」であったり、
「金八先生」であったり・・・・。
仏壇の母親に見守られ、時には語り合いながら支えあっている暖かいイメージ
ばかりだったからです。
「どうなんだろう・・・」
「なんなんだろう・・・・」
ここに出てくるお父様は、
子供達を少しも愛していなかったんだろうか・・・。
うまく、伝えられなかっただけなんだろうか・・。
ここに出てくる少女は、
父親との嬉しい楽しい思い出は何もなかったんだろうか。
今は、もう求めていないのだろうか・・。
いろんな事を考えました。
いろんな気持ちが伝わってきたと共に、
「未来の私」の気持ちがもっと知りたい。
と、感じました。
私は、ここに出てくるお父様は、
亡くなったお母様が大好きで、悲しくて・・
でも、本当は、子供達にももっと愛を伝えたかった
んじゃないかと、信じたいです。
sumacomiさま
|
私には今もちゃんと両親がいます。でも、気持ちの上で「お母さんがいない」と感じることが多いのです。「母親がいるだけいいじゃない!」と思われるかもしれませんが、、、何か参考になるかもしれないと思い、感想を送らせていただきます。
受け止めて欲しくて甘えて話した時に、それをそのまま受け止めることが出来ない人で、私ももう甘えられなくなってしまいました。
まるで母の方が子供みたいに、母の気持ちを受け止めなくちゃいけないのはいつも私の役目です。
私自身も三児の母親ですが、おなかの中で寿命が尽きてしまった子がもう一人います。男の人はやっぱり違うんですね。黙って聞いてはくれても、夫は決して私の気持ちはわかってくれませんでした。
そして、私の母親として、それから同じ母親同志として、せめて黙って聞いて欲しかった母親には「いつまで甘えてるの?」「いいかげんにしなさい」と言われ、人生で一番苦しいことをもう二度と母には話せなくなってから、私は鬱病になりました。
この本を読ませて頂いて、もう一つの解決方法があるかも!と気付きました。
例えば、「先生がこうしてくれたら、お父さんがこうしてくれたらよかったのに、、、」というのと同じで、私は母や夫に対して「もっとこうしてほしい、なんでこうしてくれないの?」と思っていました。(今も思っているかもしれませんね。)
でも、「でもそうしてくれたら、後々嫌な気持ちになったかもしれない」「もっと表現していいんだよ」と言ってくれるこの内容に、なんだか目から鱗が落ちる気がしました。
私は、母にも(父にも)夫にも、いろいろと自分の気持ちを伝えてきました。言えないまま抑えこみ始めたのはここ数年ですが、、、それでも、自分のありのままの気持ちを伝えることは決して悪ではない。
そして、自分の思い通りに、願い通りに周囲が受け止めてくれなかった時にも、「そうでなくてよかったかも」と一歩引いて考えることができたら(その余裕があれば)、私は今よりももう少し楽に人生を生きることができるかもしれません。
匿名希望さま
|
この本を読みながら、私はこの度の新潟県中越地震で被災し、
奇跡的に救出された皆川優太君に思いを馳せた。
この子も、著者と同じような気持ちを抱くのだろうか。
運命は変えられない。そして失ったものは元には戻らない。
家族とは、構成員それぞれが影響を与え、そして互いに影響を受け
合いながら生きている運命共同体である。
家族には、外からは見えない絆があり、そしてバランスがある。
しかし残念ながら、それが永続する保障はない。
家族の1人に何かがあれば、途端にそのバランスは崩れる。
その時、家族の成員である「あたし」は、いかに振舞えば良いのか、
どのような役割を演じたら良いのか。家族が、以前と同じような家族
でありたいがために・・・。
著者は、子どもの時の想いと大人となった今の想いを実際の手紙の
やり取りを通して、自分の中における父と娘の関係を再度、見直して
いる。
そして、同じような境遇の中で生きる人たちに対して、寄り添う形で、
温かいメッセージを贈っている。
家族の中では、とかく話せないこともある。
しかし、その中で錯綜する想いにこそ、真のドラマがある。
この本は、その隠れている部分に明かりを灯すことで、著者の想いは
もちろんのこと、容易に覗くことができない家族における内面をも
垣間見させてくれている。
この本は、まさに現代において、父子家庭における、ありのままの
家族像を見つめさせてくれる貴重なものであり、また家族というものが、
何気ない糸で結ばれ、支え合いながら生きていることを改めて気付か
せてくれる貴重な本でもある。
オモニさま
|
「自分の正直な気持ちを言葉で相手に伝えよう」
これが著者が送りたいいちばん大切なメッセージなのかな
というのが読み終えたときの感想でした。
言葉にしないと他人に思いを伝えることはできない。
それは一見当たり前のことのようだけれど、
言わなくてもわかってくれるだろうとか、
ここは黙っていることや嘘をつくことの方がみんなのためになるだろうと
考えてしまうこともある。
でもそうじゃなくて、辛いときは辛いって言っていいんだよ。
嫌なものは嫌だって言っていいんだよ。
その方が自分のためにもみんなのためにもなるんだよ。
そういうメッセージを私はこの本から受け取りました。
また、大人が子供と接するときの心構えとしてよく耳にする
「子供を子供扱いしない」とか「子供と同じ目線で」という言葉。
それが具体的にどういうことを意味するのか
私は今までわかっていなかったのですが、
この本のおかげでもしかしたらこういうことなんだろうかと
何となくわかったような気がしています。
大人は子供の様子を外から見て、その気持ちをわからなければいけない。
わかったうえで子供のためになることをしてあげなければいけない。
そんなふうに大人は思ってしまいがちです。
でも外から見ただけで心の中が完全にわかるわけはないんですよね。
子供の気持ちがつかめなければ、
「私はあなたの考えていることがわからなくて困っている。
私がどうしたらいいか教えてほしい。
あなた自身が自分の気持ちをわからずにいるのなら一緒に考えていこう」
と率直な気持ちを打ち明けることも必要なのかもしれません。
私はまだ独身で、父子家庭で育ったわけでもありません。
そんなこともあって、この感想は父子家庭というテーマから
だいぶ離れてしまいました。
しかし本書で著者がありのままに書き綴った子供時代の気持ちは、
実際に父子家庭という環境にいる読者にとって
共感できることも多いのではないでしょうか。
過去の「あたし」のSOSに未来の「私」が答えていくという構成も
たくさんの有益な指針を与えてくれるのではないかと思います。
もちろん思いを言葉で伝えることの大切さは、
父子家庭にとどまらず全ての親子関係、もっと言えばあらゆる人間関係に
当てはまることですから、多くの方におすすめしたい一冊です。
耳イヌさま
|
蒼氓の民イラククルドが住むイラク北部に、シャニダール洞窟がある。
ここから、数体の遺骨が発掘されている。
洞窟の周りに咲き乱れる花の花粉と共に・・・・・
その遺骨は、4万8千年ほどたっている。
ネアンデルタール。
そう、その、遺骨ネアンデルタールは花をたむけられ埋葬されていたのである。
埋葬されているうちの一体は、右腕が無く、左目を失明している重度の社会的不利益者である。
にもかかわらず、生きていられたのは集団が彼を支えたから・・・。
はるか昔、石器時代から、人はいつくしむ心≠有していた証拠である。
母と娘は年を重ねるたびに姉妹になっていくという。
幼き頃に母を失った同性である娘は、この、いつくしむ心に触れる機会を逃したばかりか、
母と姉妹の関係を結ぶことも叶わず成人したのである。
この書は、著者が9歳時から現在までの心に空いた隙間を亡き母と一緒に埋めるための書である。
著者は、その隙間を埋めたとき、いつくしむ心の意味を理解する。
池波さま
|
ありがとう…
まずはじめに言いたい言葉です。
こころの中、奥深くに入ってくる内容でした。
こんなに苦しんでいたのか…
そばに行って抱きしめたい気持ちが湧き上がってきました。
人のこころに気付くことは大切なこと。
それは発信しないとなかなか気付くことは難しいかもしれません。
当事者が見つめ直すとともに、周りの人が気付くことも大切なこと。
周りの人たちにも読んで欲しい一冊だと思いました。
S・Nさま
|
|
|